【第19回】婚活女性も専業主婦もキャリアウーマンも必見! 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』『すべてはモテるためである』などの著書で恋愛とモテについて説き、アダルトビデオ監督としてあくまで女性目線での作品づくりに定評がある“女性と性”のエキスパート、二村ヒトシさん。そんな二村さんが毎月1回、新作映画からラブ&セックスを読み解く連載。第19回は、シャーリーズ・セロンが女戦士に扮するアクション大作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を斬る!
欲望をもたないのに仕事はできる、真にカッコいい男
フュリオサが隻腕であることは、彼女が登場してすぐには画面で表現されません(観ている人がなかなか気づかないように撮っています)。彼女は失った左腕の替わりに、強そうな義手をつけていて、それは過酷で悲惨な過去をも意味していますが、彼女が「半分は女で、半分は戦士(男)である」ことも表していると思います。
つまり、イモータン・ジョー氏が「独裁的で不倫もしている男性経営者」だとしたら、フュリオサは「めちゃめちゃ仕事のできるキャリアウーマン」です。そして彼女はおそらく、昔はジョーに恋をしていました。恋していたから憎み、怒るのです。フュリオサと恋愛をしていたころのジョーは、醜いエゴのかたまりの老人ではなく、リーダーシップあふれるカッコいい青年実業家だったのかもしれません。
ジョーの5人の妻たちは、夫の醜さと「実は自分が愛されていなかったこと、夫のプライドのために利用されていたこと」に気づいてしまった専業主婦です。
フュリオサはジョー氏と恋愛をしましたが、仕事が忙しすぎて子どもを産みませんでした。本人が仕事が好きだったというのもあるのでしょう。そこをジョーに利用されました。ジョーは「この女には子どもを産まさせず、俺のために働かせよう」と考えたのでしょう。同じように5人の妻たちのことは「こいつらには、俺の後継ぎを産ませよう」と考えました。
もちろん女性は、子どもを産んでも産まなくてもいいのです。人生がどちらに転んでも女は幸せになれます。でもエゴイストな男に利用されたら、産んでも産まなくても不幸になります。
フュリオサはジョー氏の会社を辞めて、偶然出会ったマックスと、勢いで起業したようなものです。フュリオサは運が良かった。マックスはフュリオサと同じくらい仕事ができる男でした。しかも彼がすごいのは、仕事はできるのに、決して「男に任せとけ」的な態度をとらないことです。彼は他人を利用しない。戦闘中にフュリオサのほうが射撃が上手いことを知ったマックスは、あっさりとフュリオサに銃を渡し、肩を貸して彼女を支えます。「ここは俺が一人で行くべきだな」と判断した局面では、さっと一人で行って敵の一部隊を皆殺しにして戻ってきて、そのことを自慢したり恩に着せたりしません。
この映画は明らかにシャーリーズ・セロンを美しく、カッコよく描くための映画ではあるのですが、マックスの人物造形も、演じるトム・ハーディも素晴らしいです。インポなのに(と決めつけていますが)とても色っぽい。黙って仕事をこなして、恋はしないけれど愛はある、大人です。ジョーのもつ「俺のことを大切にしてくれ」感が皆無で、フュリオサとの関係は完全に対等です。その対等な関係が、セックスの匂いがしないのに色気があるのです。
妻子を殺されたばかりで怒りと悲しみと狂気にギラついていたメル・ギブソンの初代マックスもいいですが、新しいマックスの「愛する者を守れなかった罪悪感」は自責的な神経症として表現されていて、それがまた現代的です。そんな彼の心は、戦って悪を倒して弱者を救うことでは癒されず、誰かに抱きしめられることで癒されるのでもなく、フュリオサの傷ついた身体をケアすることで癒されるのでした。言ってみれば彼は「風邪をひいた女性にお粥を作ることで、自分も癒される男」なのです。今までのアクション映画に、そんなヒーローがいたでしょうか。
ぜひ、あまりアクション映画には興味のない皆さんにも観ていただきたい傑作です。特に「なんとなく彼氏(あるいは夫)にムカついている」という女性は、フュリオサの戦いっぷりにスカッと気分が良くなるんじゃないかと思います。
普通、こういう映画の悪役は悪役なりにカッコよく描かれるものですが、イモータン・ジョーは徹頭徹尾、醜いです。僕は「ああ、ジョーは俺だ」と思いました。そして「ジョーのようには死にたくない。死ぬまでにはマックスみたいな男になれるかな。なれたらいいな……」と思いました。そのためには、まずはインポにならなくてはいけないのかもしれませんが……。
■今回の格言/真にカッコいい男とはマックスのように、欲望は持たないが体力はあり、目的も持たないが仕事はできる、本質的に優しい男です。そんな男が現実に存在するのかよという問題はありますが、皆さん各自がんばってください。ニュークス君のような若者をマックスのような男に育てることは可能だと思います。
■今回の蛇足/イモータン・ジョーのような男性は世間にゴロゴロしているので各自、気をつけてください。“恋愛おじさん”ってモテるんですよ。「あんなキモい怪物には私はひっかからないよ」と安心してる女性は、ジョーがあの姿ではなく『海街diary』の堤真一だと思ってください。堤さんが演じたあの男性は暴力こそ振るわないけれど「俺のことを大切にしてくれよ」「俺を愛してくれよ」と女に要求し続ける日本版のイモータン・ジョーであり、綾瀬はるかはとても日本的なフュリオサ(働く女性)です。
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二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。その他の著書に『淑女のはらわた』(洋泉社刊)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(文庫ぎんが堂刊)など。新刊『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA メディアファクトリー/ダ・ヴィンチBOOKS刊)が好評発売中。
http://nimurahitoshi.net/ -
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
監督/ジョージ・ミラー
出演/トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト
配給/ワーナー・ブラザース映画
公式サイト/http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/
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