特集 2015/7/15(水)
二村ヒトシの映画でラブ&セックス考

【第19回】婚活女性も専業主婦もキャリアウーマンも必見! 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』『すべてはモテるためである』などの著書で恋愛とモテについて説き、アダルトビデオ監督としてあくまで女性目線での作品づくりに定評がある“女性と性”のエキスパート、二村ヒトシさん。そんな二村さんが毎月1回、新作映画からラブ&セックスを読み解く連載。第19回は、シャーリーズ・セロンが女戦士に扮するアクション大作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を斬る!

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(C)2015 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

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悪の首領は“キモい恋愛おじさん”

深読みをすれば、この映画のテーマは現代の女性と男性が抱える、それぞれの問題に関わっています。登場する三人の男性キャラの「男としてのありかた」が僕にはとても印象的でした。今回からトム・ハーディが演じる主人公マックス。悪辣な支配者イモータン・ジョー(ヒュー・キース=バーン/最初の『マッドマックス』の、暴走族の首領と同じ役者さんです。68歳)。そしてジョーに操られている若者たち“ウォーボーイズ”の、ニュークス(ニコラス・ホルト)です。
 
砂漠を放浪していた孤独なマックスが、ジョーとフュリオサの戦いに巻き込まれるのがストーリーの骨子です。フュリオサはジョーがいちばん信頼していた、悪の軍団の女幹部だったのですが、ジョーを裏切り、5人もいる「ジョーの美しい妻たち」を監禁生活から救い出し、逐電しました。怒り狂ったジョーはウォーボーイズたちを指揮して、フュリオサと妻たちを追います。
 
マックスがフュリオサたちを助けることになるのは、彼女たちに同情したからではありません。ほんの“いきがかり”であり、彼自身がただ生き延びるためなのですが、さらにマックスはフュリオサにもジョーの妻たちの誰にも、恋愛感情を抱きません。性的な欲望の対象にもしません。これは、彼が「高潔なヒーローだから」ではなく、単に彼が「インポだから」じゃないかと僕は思うのです。
 
マックスは過去に(文明が滅びる前に)愛する妻と子を殺されていて、その復讐はもう済んでいます。彼は生きるための動機や目的をすでに失っている、幽霊のような男です。だから女に惚れないし勃起もしない。しかし肉体は異常に健康で、腕っぷしも強いのです。命だけは終わっていないから、生き続けなければならない。生きていくためにならなんでもやる、つまり彼は悪役であるジョーと比べて「悪いことをしない」わけではない。ところが、それが結果的にフュリオサたちを助けることになる。
 
ではジョーとマックスの違いは何なのか。イモータン・ジョーはインポではない。勃起し続ける(ここでいう勃起というのはセックスでのことだけを指すのではなく、いつも僕が使う比喩ですが、広い意味での男性性、男が男であるために求める「女性からモテる」とか「社会的な地位」とか「収入の額」とか「プライド」のことでもあります。それらがうまくいかないとき、ダメな男は暴力をふるいます)目的だらけ、動機だらけの男です。しかし肉体は老い、業病にとりつかれてボロボロです。
 
貧しい人々を支配し、美しい女たちを独占して性的に搾取し、自分の子どもだけを産ませ、ウォーボーイズたちを宗教的に洗脳して将棋の駒のように操るジョー。彼は、まさに「男」です。彼が支配しているからこそ、文明が滅びた世界にも秩序が残ったのかもしれません。彼は「中小企業の、わがままだが経営能力の高い社長」であり「家庭を支配する、暴君としての父親」みたいなものです。
 
健康だけどインポなマックスと、不健康だが情熱的なジョー。ジョーが逃げたフュリオサや妻たちを追いかける動機は、プライドを傷つけられた怒りも、子どもを産ませるために彼女たちが必要だったこともあるでしょうが、すべての女に一挙にふられた哀しみでもあり、彼が彼なりにフュリオサや妻たちに「恋をしている」からだ、とも僕には思えるのです。
 
そんな恋は、恋される女の側にしてみたらたまったもんじゃありませんが、しかしこれが、男であるために常に勃起し続けなければ“ならない”可哀想な男の「ロマンチックさ」です。彼は「俺のことを大切にしろ!」と叫んでいるのです。
 
若い独身女性と身勝手な不倫をしていて「俺は妻のことも彼女のことも愛している」と言い放つロマンチックおじさん、よくいますよね。しかし愛人にふられると、怒ったり泣きわめいたりする。ジョーはいい歳をして恋愛にハマる中年男そのものです。
 
では、虚無的なインポが主役でロマンチック恋愛おじさんが悪役を務めるこの映画は、男の恋を完全否定しているのでしょうか。そうではありません。
 
人生の途中で生きる目的を失ったマックスと違って、ウォーボーイズたちはジョーの支配する国で生まれ、最初から目的も動機もありません。しかも健康なマックスと違って、彼らは虚弱です。目的がなかったらすぐに死んでしまう。だからジョーは彼らを洗脳して、動機を注入します。それは「ジョーのために、一生懸命に働く」「ジョーに命を捧げて死ぬ」「それがカッコいいことだ」という思想。まさにブラック企業です。ウォーボーイズたちのありさまは旧日本軍の特攻隊を彷彿とさせます。
 
そんなボーイズたちの一人であるニュークスは、物語中盤でジョーに見捨てられ、仕方なくフュリオサ一行に加わることになり、5人の妻たちの一人ケイパブル(ライリー・キーオ)に恋をします。その初恋によって「自分自身の動機」を得た彼は、権力者からの支配を脱して「一人の人間」になる。つまり、大人になるのです。
 
中年男の共依存的な恋は、ダメな恋です。しかし何も持っていない少年の恋は、彼が自立して成長するために有効な場合がある。

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