特集 2014/9/30(火)
二村ヒトシの映画でラブ&セックス考

【第12回】『ニンフォマニアック』、セックスを語る女と解釈したがる男

『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』『すべてはモテるためである』などの著書で恋愛とモテについて説き、アダルトビデオ監督としてあくまで女性目線での作品づくりに定評がある“女性と性”のエキスパート、二村ヒトシさん。そんな二村さんが毎月1回、新作映画からラブ&セックスを読み解く連載。第12回は、シャルロット・ゲンズブールが“色情狂”のヒロインに扮する『ニンフォマニアック』二部作を斬る!

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ヒロインのセックス依存には理由がない

セックスをテーマにした映画というと、たいてい“愛のあるセックス”を肯定的に描くものです。そのほうが観客にウケるからでしょう。でもこの映画では、ありとあらゆる異常なセックスを最後まで肯定も否定もしない。あまりのひどさに笑っちゃうようなセックスにも、笑いながら同時に闇の深さにゾッとしてしまうようなセックスにも、これは正しい、これは間違っている、というメッセージを付け加えません。
 
どうやら監督は「女性の性は抑圧されてきたから、解放しよう。セックスは素晴らしいものだ!」と言いたいわけではないようです。かといって「愛情のないセックスばかりしていると不幸になるよ」といった教訓もない。ヒロインはエッチだけど善人だとか、あるいは何かの犠牲になっているとかいう話でもないし、性や恋愛をビジネス化している社会を告発しているわけでもない。そもそもヒロインのジョーが「いろんな男とセックスしてしまう、いろんな異常セックスと巡りあってしまう」ことには理由がない。だから男は、彼女の行動を見て不気味に思うんでしょう。
 
実際にジョーほどでなくても、いろんな男性とセックスをしないではいられない女性を何人か知っています。彼女たちの多くは「男が私とセックスしたがっているということを知ると、安心する」「セックス以外のうまいコミュニケーションの方法がよくわからない」と言います。
 
また一般論で言うと、子どもの頃、親に抑圧されたことで性的な愛情を体感できなくなり、それでセックス嫌いになってしまう人も、逆に過剰にセックス好きになってしまう人もいるでしょう。でもジョーの場合はそうではないらしい。
 
彼女は幼い頃からマスターベーションをしていました。それは普通のことです。父親(クリスチャン・スレイター)はそれに気づいても特に問題視はしない。母は「早くお風呂場から出てきなさい!」などと、ちょっとは怒る。そんなお母さんはトランプのひとり遊びに没頭していて、やや孤独。でも普通のお母さんです。父と娘はとても仲が良い。愛がある。でも「一方的な愛が濃すぎて父親から何か性的に傷つけられた」というようなことではない。彼女は何かトラウマがあったから色情狂になったのではないようなのです。

これまでこの連載では、映画に描かれた恋愛を通して見る“主人公の心の穴”について解説してきました。よくできた脚本や優れた監督による演出の映画に感動するのは、登場人物の“心にあいた穴”が観客にとって切実だから。それが我々の感情移入を呼ぶ。穴、つまり、寂しさや罪悪感や嫉妬やコンプレックスは、誰の心にもあいていて、それが行動や感情の原理である。恋やセックスで刺激され、事件や出来事の原因となる。そして人の心の穴は子どもの頃、親との関係によってあけられるもの、というのが僕の考えです。面白い映画の主要登場人物の心の穴は、わかりやすい。
 
ところが、この映画はそういう僕の定説をひっくり返している。セックス依存症のヒロインを通して「なぜ我々にとってセックスが(好きにせよ嫌いにせよ)重要なのか、という問いには“答え”がない。そもそも問うこと自体に意味がない」と表現しているとも言える。共感はさせてくれるけれど、理解や解釈を絶している。それなのに面白い。だから僕は途方に暮れてしまったのです。

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  • 二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。最新刊『淑女のはらわた』(洋泉社刊)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(文庫ぎんが堂刊)も好評発売中。
    http://nimurahitoshi.net/

  • 『ニンフォマニアック Vol.1』
    監督・脚本/ラース・フォン・トリアー
    出演/シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、クリスチャン・スレイター、ユマ・サーマン
    配給/ブロードメディア・スタジオ
    公式サイト/www.nymphomaniac.jp
    2014年10月11日(土)~、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほか全国順次公開
     
    『ニンフォマニアック Vol.2』
    監督・脚本/ラース・フォン・トリアー
    出演/シャルロット・ゲンズブール、ステラン・スカルスガルド、ステイシー・マーティン、シャイア・ラブーフ、ジェイミー・ベル、クリスチャン・スレイター、ウィレム・デフォー、ミア・ゴス
    配給/ブロードメディア・スタジオ
    公式サイト/www.nymphomaniac.jp
    2014年11月1日(土)~、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほか全国順次公開

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