音楽と官能。私たちの生活に欠かせないこのふたつを、音楽に精通するエッセイストでありディレクターの湯山玲子さんが大胆に、かつ深く語りつくす連載「エロスと音楽」。第4回目は、昨今増殖中の“M男”の快感を表現しているかのようなマイケル・フランクスの名曲から、小悪魔女子×翻弄されるM男のセクシーな関係性を読み解きます!
- 【第1回】倦怠期のカップルにソウルが効く理由
- 【第2回】ユーミンが予見したセックスに頼らない男女の絆
- 【第3回】ホット×クールの合わせ技が火をつける、初秋の官能
- 【第5回】快感中枢を直撃する“歌声”のチューニング効果
イタさに悶える「弱さの快感」が爆発!
その方向とは、わがまま放題の小悪魔女子と、その途方もないわがままに付き合って翻弄され、召使いのように従う男の関係、つまり、紛れもなくSM系の官能絵巻。若い小悪魔少女に翻弄され、仕えることに至上のよろこびを覚える男を描いた『痴人の愛』という谷崎潤一郎の小説があるが、まさにその感じ。そのムードを決定しているのは、名うてのスタジオミュージシャンによるサウンドメイクに他ならない。
これぞ、エクスタシーの「ポワ~ン境地そのまんま」のレオン・ペンダーヴィスの浮遊感溢れるエレクトリックピアノ、「快感スポットを見逃さない、さざ波フィンガーテク」を彷彿とさせる、ジョン・トロペイのギターリフ、そして、気怠さに身を任せきり、ダルの極地を見せつけるスティーブ・ガッドのドラムの演奏陣に、マイケルの叱られた子どもの言い訳のような甘えっ子ボイスが絡み合ったその結果、どうなっちゃったのか!? はいっ、そこには、クッキーが欲しいといって暴れる子どもについての育児の憂鬱描写とはとうてい思えない、ちょっと公序良俗違反なのでは!? と心配するぐらいの、ヤバイ色っぽさが立ち上がってしまったのだ。
普段はパワフルで楽器王者のような、バカテク・プレイを見せつける強者たちが、この曲では、イタさに悶える「弱さの快感」を爆発させている。つまり、ここに登場するベイビーは、M男を振り回す、女王様。それも、「オマエは私の聖水が飲みたいんだろう?」と恫喝するブーツ姿の女王様ではなくて、子どもっぽいわがままで男を振り回す、谷崎潤一郎の「ナオミ」的な小悪魔。あー、しっくりきすぎ!!
でね。歌詞はベイビーの蛮行に対するぼやきをさんざん呟いた後、サビでは以下のような、天の星座にもたとえられるような、崇高でロマンチックな愛を告白するのだからたまらない。
獅子座が天高く昇るころ、私は出て行く
愛は彼女が編む、蜘蛛の巣のよう
乙女座が天高く昇るころ、私は戻ってくる
愛は彼女が燃やすキャンドルのよう
と、まあ、私はこの「クッキー・ジャーは空っぽ」を聞く度に、泡風呂に入ってわがまま放題の小悪魔恋人に、シャンパンを持ってきたり、背中を流してあげて恍惚となる年上M男のシーンをいつも想像するのだが、現実というものは恐ろしい。つい先日私は、とある子育て中のパパにこの「クッキー・ジャーは空っぽ」の境地を見ちゃったんですよ。
photo : Getty Images
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湯山玲子(ゆやま・れいこ)/著述家。ディレクター。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。学習院大学卒。サブカルチャーからフェミニズムまで横断したコラムで人気。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニ ブックス)などがある。最新作『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(角川書店)では、“男のこじらせ”を分析し、ヒット中。
公式ホームページ/http://yuyamareiko.blogspot.jp/