特集
2015/11/20(金)

音楽と官能。私たちの生活に欠かせないこのふたつを、音楽に精通するエッセイストでありディレクターの湯山玲子さんが大胆に、かつ深く語りつくす連載「エロスと音楽」。第4回目は、昨今増殖中の“M男”の快感を表現しているかのようなマイケル・フランクスの名曲から、小悪魔女子×翻弄されるM男のセクシーな関係性を読み解きます!

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「クッキー・ジャーは空っぽ」収録、マイケル・フランクスのアルバム『BURCHFIELD NINES / シティ・エレガンス』  (C)WARNER MUSIC JAPAN

ねじれたセクシーさが漂うAORの名曲

マイケル・フランクスという、80年代に活躍したシンガーソングライターがいる。彼はアダルト・オリエンテッド・ロック、略してAORの代表的なアーティスト。ちなみに、AORという音楽ジャンルは何ぞや? という質問には、「若者の魂の叫びだったロックが年を取って、オッサンになったらこうなっちゃいました」という体で捉えてもらってもかまわない。ジャズやボサノヴァ、クロスオーバーといったセンスを取り入れた、インテリジェンス溢れるサウンドは、スリーコードのひとつ覚えで「オマエが欲しい!」と思いのたけをぶつける若者ロックとは違って、いろんな経験を積んで、そんな単純な快楽だけでは、満足できなくなってしまうという、成熟というものの複雑でもの悲しい響きがあるのだ。
 
マイケル・フランクスは、そういったAORならではの「大人っぽい」コード進行に、これまた、甘い囁き系の歌声でもって、これまで多くの音楽好きの耳を「必殺」してきた。その声色は、もしこれが低音ならば「渋い」という範疇で落ち着くのだが、なんだか、女々しい。女々しくて、弱い。弱いだけではなく、何かその中にほの暗いエロスが漂う。ということは、「キモい」という感覚のすれすれ。なので、好き嫌いがはっきり分かれる。たとえば、エルビス・プレスリー好きを自認する、某有名音楽評論家は、マイケル・フランクス嫌いを言い続けているが、私にはその理由がよくわかる。なぜならば、前述した通り、彼の楽曲のある部分には、「お天道様の下をとてもじゃないけど歩けない」的なねじれたセクシーさがあるからだ。
 
その代表作が、「クッキー・ジャーは空っぽ」という曲。聴き始めの最初の印象は、AORの優等生のような、カフェの午後が似合いそうなおしゃれな楽曲。しかし、聴き込んでみると、これがまさにMのあられもない快感に触れまくっている感バシバシなのだ。
 
クッキー・ジャーが空っぽになると、ベイビーは機嫌が悪くなる
クッキー・ジャーが空っぽになると、ベイビーは一晩中泣き続ける
 
歌詞に登場する人称は“She”、すなわち女の子であるこのべイビーは、皿は割るわ、スプーンを投げるわのやりたい放題。そう、この曲の歌詞だけ見るならば、まさにこの歌は「幼児と格闘するイクメンパパのぼやき」に間違いがないのだが、この歌詞に絡みつくサウンド全てがあらぬ方向を向いているので、このベイビーとは、赤ん坊ではなく、大人の女性なのでは!? という強い疑いが心の中で巻き起こってくるのだ。

photo : Getty Images

  • 湯山玲子(ゆやま・れいこ)/著述家。ディレクター。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。学習院大学卒。サブカルチャーからフェミニズムまで横断したコラムで人気。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニ ブックス)などがある。最新作『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(角川書店)では、“男のこじらせ”を分析し、ヒット中。
     
    公式ホームページ/http://yuyamareiko.blogspot.jp/

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