特集
2016/06/08(水)

音楽と官能。私たちの生活に欠かせないこのふたつを、音楽に精通するエッセイストでありディレクターの湯山玲子さんが大胆に、かつ深く語りつくす連載「エロスと音楽」。第5回目は、玉置浩二とカエターノ・ヴェローゾの歌声に共通する“心のチューニング効果”を読み解きます!

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photo : Getty Images

玉置浩二の歌声に備わった特殊音波

その番組では若き玉三郎の女形のポートレイト写真がオーバーラップされ、スタジオ内にしつらえられた赤い花道を、玉三郎がまるで「好きな男に会いに行く新橋芸者」のような面差しで、歌う玉置浩二に向かって歩み寄っていく演出が施されていた。
 
「なぜ なぜ あなたはきれいになりたいの」で始まるこの曲の歌詞が描いているのは、「恋を夢見て、王子様がやってくることをただ自分磨きをして待つ不幸な(きっと)女」。作曲は玉置浩二だが、作詞は井上陽水であり、彼がお得意とする「人間界の愛憎を見下ろすような慈悲と客観」が効いた楽曲なのだが、玉置浩二がテレビの演出に感応して歌うと、そこに真逆のホットなリアルが入ってくるのが面白い。
 
「なぜ なぜ あなたはきれいになりたいの?」という歌い出しは、玉置のその場の弾き語りでは、「お前のすべてを愛する俺という男がいながら、他の男の下心を誘発する“きれい”を目指すのか?」という、男の身勝手な心も嫉妬心の熱が感じられてしまう。
 
そういえば、その昔、九州出身の女性から「飲み会にミニスカートをはいていったら、付き合っていた男に、他の男に色目使いやがって、と殴られたんだけど、これが九州男児のフツー」と聞いてひっくり返ったことがあるのだが、このエピソードに存在する、恋愛のダークサイド、相手を支配して自分のものにしたいという暗い情熱のほうが、玉置歌唱ではこちらの心に届いてしまうのである。
 
その暗い情熱はもちろん、ストーカーという迷惑行為を引き出すやっかいなもの。しかし、その男の支配の欲望に萌える女、という「攻めと受け」のSMじみた関係力学も、人間に備わった快感回路なのだ。そして、多くの女性たちは、惚れた男が自分に対して「オマエのきれいさは、俺以外に見せつけないでくれ」などと想われることに関して、痺れるような快感を覚えるのではないだろうか。そして、玉置浩二の歌声は、そういう快感中枢を直撃するような特殊音波が備わっている。
 
ちなみに、私の性的ファンタジーのひとつにSMがあり、玉置浩二のような「優しい声で酷い命令をする」男というのは、マジで好みのツボなのです。
 
上手い歌手とは、シャンソンでもジャズでも演歌でも、そこに歌われた歌詞の世界を音楽として生き返らせることができる、と一般的には信じられている。しかし、それ以上に抜群に上手い歌手というものは、歌詞の一節を思ってもみなかった時空に飛ばすことができ、心全体を“ある領域にチューニングさせる”力を持つのである。

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