特集 2015/10/5(月)

音楽と官能。私たちの生活に欠かせないこのふたつを、音楽に精通するエッセイストでありディレクターの湯山玲子さんが大胆に、かつ深く語りつくす連載「エロスと音楽」。第3回目は、夏から秋へと移りゆく季節の官能を表現した曲をセレクト。情感あふれる音色とともに、官能指数も「その気」もアップすること間違いなし!

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photo : Getty Images

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むせび泣く楽器にオーバーラップする“終わりの寂しさ”

この初秋の官能モードをもうこれ以上にないほど表現しているぜ!と感じる曲の筆頭が、映画『ベティ・ブルー』の印象的な主題歌「Betty Et Zorg」なのだ。まあ、この映画自体が、ベティという猛暑の甲子園球場よりも暑苦しく激しい女と中年男の、成就しない恋の悲劇を描いた顛末記。冒頭に流れるこの曲は、最初から破滅的な恋愛のその後の無常観を予見しているような響きがあるのだ。
 
「いったい、あの激情の時間は何だったのか!?」と、恋愛に溺れ、その後に恋を終わらせた経験を持つ者にとって、彼もしくは彼女とのいろいろな出来事は「終わってからの秋」の方が強烈に感じられるはず。この人生の逆説は、まさに夏が終わるときの寂しさと深くオーバーラップする。
 
こういうムードを、いったいこの曲のどういう要素が作り上げているかといえば、メロディの哀切さももちろんのこと、実はあまりにも巧妙な楽器の選び方だということに気がついた。使われているのは、たった四つの楽器のみ。テナーサックスとヴィブラフォーン、ハープ(ハーモニカ)とアコースティックギター、とそれだけ。
 
実はこの曲、音色の配置自体が、夏のホットと秋のクールの合わせ技と言うべき構造を持っているのでありました。熱に浮かされたような厚ぼったいサックスが奏でるメロディーに、ヴィブラフォーンの冷たいリフが絡むイントロ部分。その後、同じメロディは、秋の澄んだ空気のようにツーンとクリアなハープ(ハーモニカ)が受け継ぎ、そこに哀愁たっぷりの生ギターのアルペジオが被さっていく、という、この曲のあり方は、まんま、熱量の減退と空気の澄み渡り、すなわち、今の季節の移し替えが見て取れるのである。
 
この四つの楽器には実は共通項がある。これらはどれも、リードと弦という、「ブルブル震わせることで音を出す」類の楽器だということ。楽器が震えてむせび泣けば、おのずと、聞いているこっちの心も寂しさの涙を流す。その心が向かう先は、当然、人の肌の温もり。近頃、とんと恋心には無縁、という人は、iPodにこの名曲を入れて、秋風と共に「その気」を育てて欲しいものだ。

「【第3回】ホット×クールの合わせ技が火をつける、初秋の官能」トップへ
  • 湯山玲子(ゆやま・れいこ)/著述家。ディレクター。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。学習院大学卒。サブカルチャーからフェミニズムまで横断したコラムで人気。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニ ブックス)などがある。最新作『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(角川書店)では、“男のこじらせ”を分析し、ヒット中。
     
    公式ホームページ/http://yuyamareiko.blogspot.jp/

    『エル・ジャポン』11月号(発売中)の「プロ彼氏」特集では、湯山玲子さんが日本男子の意識、生き方の変化を鋭く考察中。そちらもお見逃しなく!

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