エディターズPICK
2015/09/28(月)
早耳調査隊がゆく!

ジェンダーはフルイディティが時代のキーワード

ファッションから赤ちゃんの名づけ、そしてトランス・ジェンダーのアイコンまで、“今”を語るためのキーワード“ジェンダー・フルイディティ (ジェンダーの流動性)”。来年のアカデミー賞確実と噂され公開前にも拘わらず今もっとも話題の映画『The Danish Girl(邦題:リリーのすべて)』で描かれた主人公夫婦、ゲルダ&アイナー・ウェゲナーの人生とともにいち早く解説!

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妻のゲルダ・ウェゲナー

Photo : Getty Images

アカデミー賞確実視『The Danish Girl』 主人公夫婦の映画以上の真実

さて、ここからが本題。既にヴェネチア映画祭でも賞を獲得するなど、11月に米国公開を控えたこの作品こそ、ジェンダー・フルイディティに“愛”を捧げたひと組の夫婦の実話をもとにした物語だ。
 
主人公のアイナー・ウェゲナーと妻ゲルダ・ゴッドリーブ(写真)は画家同士。『The Danish Girl(=デンマーク人の娘)』のタイトル通り彼女たちはデンマークで育っている。コペンハーゲンのデンマーク王立芸術学校で出会い、1904年、アイナー21歳、ゲルダ19歳の時に結婚。
 
アイナーは風景画を得意とし、ゲルダは人物画とイラストレーションが得意。結婚当初はアイナーの方が既に高く評価されており、ゲルダは依頼される肖像画などで生計を立てていた。事件はこの“画家同士”という関係が“画家とモデル”に変化したときに起きた。

先に売れていた夫、アイナー・ウェゲナー(のちのLili Elbe。劇中ではエディ・レドメインが演じる)の油彩画。

Photo : Bridgeman Images/Aflo

ゲルダがデンマーク人女優のアンナ・ラールセンの肖像画を描いていたある日、モデルであるアンナが突然アトリエに来られなくなった。あと少しで完成なのに……。そのときゲルダは夫に、モデルのかわりにストッキングとパンプスを履いてくれないかと依頼。

すると夫は承諾。肌にすいつくストッキングの質感、女性のドレスの生地の持つ柔らかさを感じたとき、彼のなかで本来の女性としての人格が目覚めたのだとか。「それを身に付けた最初の瞬間から、心から自分の居場所にいることを感じた」と記載している。

リリー(Lili、もしくはLily)とは、モデルをしているアイナーを見たアンナがつけたあだ名だった。そしてその名が、夫アイナーの女性としてのアイデンティティを示すひとつの人格となった。“リリー”はすぐさまゲルダのお気に入りの“モデル”となり、作風もパステルカラーを中心とした明るい色彩を用い、シックな装いに身を包んだ現代的な女性をテーマにした作風、つまりリリーありきの作風に変化し人気が出始めた。

するとだんだんと「このモデルは誰?」という好奇心が人々の口からのぼるようになり、2人はコペンハーゲンの狭い芸術世界から、自由を求めて各国を旅した後、パリに落ち着いた。1912年のことだった。

『The Danish Girl(原題)』の撮影シーン。エディ・レッドメインはかなり背が高いものの、実際のリリー・エルベ(アイナー・ウェゲナー)は小柄だった。

そして、パリでゲルダのキャリアは開花した。アイナーは主に“リリー”としてゲルダのモデルをしながら生活した。ゲルダはリリーをモデルにした作品と、キュートな女性を描いたファッションイラストレーションとで人気を博し、そのファッションイラストレーションは当時の「ヴォーグ」にもたびたび掲載されたほど。ゲルダはアトリエを「Les Arums」(花のカラーの意味、カラーは海外では百合、つまりリリーの一部であるという認識がある)と名づけ、仲間を呼んではワイルドなパーティを開くように……。後年ゲルダのエロティカ(性愛画・春画)が発見されるとともに、ゲルダはこの時期、パリでレズビアンとして生活していたのではという説もあるが、憶測の域を出ない。

この時期、夫妻の関係は“リリー”というもう一人の女性を加えたポリアモリー(同時複数性関係)的なものに変化。リリーはいつでもリリーでいるわけではなく、ゲルダがリリーを必要なときはアイナーにこう頼んだとか。「リリーをここに呼んで」と。

アイナーとゲルダとして会話するとき、リリーは第三者的に語られた。アイナーとしての人格は内気で体が弱く、陰鬱としていて、リリーが現れると、リリーは明るく、希望に満ちて、幸福な人格に代わった。

ゲルダは自身のキャリアの為にリリーが必要だった。その為にリリーが美しくあることも望んでいたが、と同時に夫の悩みにも気が付いていた。夫が通常の男性の体ではないことに……。

エディ・レッドメインのトランス後の姿は、違和感のない姿となっていて評価高。もしこれが少しでも“シスジェンダーっぽい”部分が見える姿であれば、突然物語自体が嘘っぽくなってしまうところ。キャスティングの素晴らしさが光る。

Photo : Aflo

リリーはゲルダのモデル。ゲルダはリリーの庇護者であり、かつ悩めるアイナーの庇護者でもあった。女性としての衣類や化粧品を提供し、秘密のおしゃべりを分かち合う。ゲルダはリリーを“妹”や“夫の従姉妹”としてともに舞踏会に出たり、そこで口説かれるリリーの姿を観察していた。後年、アイナーはゲルダが「女性としての自分の人生における最大の擁護者であった」と語っている。

1913年、ゲルダの作品のモデルが夫であるという事実が新聞紙にセンセーショナルに書きたてられたが、まだその時はまだクロスドレッシング(異性装)をしている夫をモデルに絵を描く妻、というくらいの認識しかなかった。

しかし、ここからアイナー(=リリー)の悲劇が始まる。現代のような様々なジェンダーに対する研究も理解も進んでいなかったため、アイナーは自身の精神的な問題について悩み医師の診察を受けたが、当時の医学では「精神的病いかゲイである」という診断しか下されなかった。

Text : Ryoko Tsukada

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