特集
2016/03/03(木)
二村ヒトシの映画でラブ&セックス考

【第22回】『キャロル』が浮かび上がらせる、恋愛の“光と闇”

『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』『すべてはモテるためである』などの著書で恋愛とモテについて説き、アダルトビデオ監督としてあくまで女性目線での作品づくりに定評がある“女性と性”のエキスパート、二村ヒトシさん。そんな二村さんが毎月1回、新作映画からラブ&セックスを読み解く連載。第22回は、ケイト・ブランシェット&ルーニー・マーラ共演の愛の物語『キャロル』を斬る!

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キャロルとテレーズが見てしまった“闇”

ふたりは、キャロルが運転する車で旅に出ます。キャロルは人生のハンドルを自分で握りたかったのでしょう。旅の道中、常にテレーズをリードするように振る舞うキャロルは、テレーズから見ると素晴らしく「男前」です。
 
作家の橋本治さんは著作『恋愛論』のなかで「人に恋することは、その相手の存在が“光”になって、逆説的にそれまで自分の周囲にあった世界が“闇”だったと気づかされてしまうことだ」と書いています。キャロルは闇のなかで生活していて(その闇は、周囲の人から見れば「何不自由ない暮らし」だったのかもしれません)、そこから逃げ出したくてテレーズの存在に光を見てしまった。テレーズはそれまで自分のいる世界が闇だとは自覚してはいなかったけれど、キャロルという光を目にしたことで初めて、彼氏との関係や今の仕事には「光がない」と気づいてしまった。
 
彼女たちの恋は、同性愛であり、不倫です。不倫はもちろん「してはいけないヤバいこと」だとされていますし、ほんのちょっと以前まで男性の同性愛は差別の対象であり「ギャグのネタ」でしたが、この映画の舞台となる時代では女性の同性愛は「ありえないこと」「治療されるべき病」とされていました。
 
橋本治さんによれば、ふしだらとか異常だと思われてしまう関係であっても、祝福されるような(たとえば結婚に結びつくような)恋愛であっても同じく、すべての恋は反社会的であり「ヤバい」のだ、とのことです。なぜなら、激しい恋をするふたりの周囲の人々は、ふたりから無言で「皆さんは、私たちにとっての“闇”ですよ」と宣告されてしまっているのですから。
 
我々の感覚ではもう普通のことになってしまいましたが、現代で「まともな恋愛結婚」が世の中から大掛かりに祝福されるのも、結婚するふたりが両親や友人に感謝の言葉を述べるのも、もともとは「恋は本質的には、社会的な人間関係を壊しかねないヤバいことである」のを隠蔽して忘れさせ、恋の結果を「家族」として「社会の一部」に組み込むための、社会の機能なんでしょうね。
 
でも『キャロル』で描かれているようなヤバい恋愛のありかたこそが、人間にとっての本来の恋なんじゃないかと僕は思います。

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