【第18回】『海街diary』、女たちの共同体という幸せな「家」のかたち
『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』『すべてはモテるためである』などの著書で恋愛とモテについて説き、アダルトビデオ監督としてあくまで女性目線での作品づくりに定評がある“女性と性”のエキスパート、二村ヒトシさん。そんな二村さんが毎月1回、新作映画からラブ&セックスを読み解く連載。第18回は、是枝裕和監督が鎌倉に暮らす4姉妹の日常を描いた『海街diary』を斬る!
女たちと弱い男たちだけで、幸せに生きていくことができる
けれど、この映画は悲恋の映画ではありません。結果的に幸は恋愛で傷つきませんでした。なぜでしょう?
佳乃の「銀行で働くOLが、お金にだらしない若者と関係する」という設定は、以前この連載で紹介した『紙の月』の宮沢りえ演じるヒロインと同じですから、破滅をしてもおかしくない。その危機はあったように映画でも描かれます。けれど佳乃は破滅を招く行動をとりませんでした。なぜでしょう?
彼女たちには、男性性(家父長制度)に支配されていない、女を抑圧しない、帰ることで癒される「家」があったからです。それは、女たちだけの家です。
彼女たちの暮らす「家」は、世間から見たら非常識な、欠損している家庭かもしれない。けれど『紙の月』のヒロインの夫婦生活より、はるかに健全に機能していた。まともな家庭が(または、そういう“まともな結婚や出産が女の幸せなのだ”と決めつける圧力が)女性や子どもを苦しめているケースが、現代では多々あります。
また、女だけの家といっても、そこに女の世代間の権力が働いていては、たとえば母親の大竹しのぶや大叔母の樹木希林が男性の代理者として君臨しているような家では、やはり娘たちの心は安らがないでしょう。
幸と佳乃は姉妹で、ケンカもしますが、お互いの欠点を理解しあって許しあっており、対等で、友情がある。ある時期までは千佳が、これからはすずが、庇護されるべき者として存在している。家のなかに男がいなくても、女たちひとりひとりが自立していて、さらに自分が産んだ子ではなくても「守るべき、育てられるべき者」がいることで、女たちだけで幸せに暮らしていけるというモデルケースです。
この映画には、もう一組のカップルが登場します。鎌倉の海沿いの喫茶店の店主・福田(リリー・フランキー)は、同じく食堂を切り盛りする自分より10歳くらい年上の女性・さち子(風吹ジュン)と仲良くしています。福田も、風来坊のように見える、男性社会に生きてはいない男ですが、さち子からは逃げない。そこが四姉妹の父と違うところです。
千佳の恋人・浜田も、逃げない男です。いや、実は福田や浜田は、逃げることができないのです。椎名が逃げられるのは、彼が強い男だからかもしれない。つまり、弱い男たちのほうが「正しい父性」(女や子どもを苦しめない父性)をもっていると言えるのかもしれません。
四姉妹の父や、椎名や藤井は、悪い意味で「男らしくない」(昔ふうに言えば「男らしい」)。福田や浜田や坂下や風太は、良い意味で「男らしくない」(昔ふうに言うところの「男らしくない」)。こちらのほうが、これからの時代の男らしさです。自分の弱さを認め、でも甘えない彼らは、かっこいい。
さち子は、とうとう子どもを産まなかった女性です。そういう生き方も、すばらしいと思います。彼女のアジフライのエピソードは「子どもを作らなくても人間は遺伝子を残せる」という象徴です。
幸や佳乃は、いつか子を産むのでしょうか。産まずに、結婚せずにずっと働きながら、千佳と浜田の間に生まれた子を、あの家で、みんなで育てるのかもしれません(浜田は、もしかしたら歳をとってからまた山に登って、山で死ぬかもしれません。その可能性はあります)。佳乃はそのうちどこかのダメ男と結婚して別れて子連れで戻ってきて、その子もみんなで育てるのかもしれませんね。それもいいですね。すずは、どうするのでしょうか。
現代の多くの女性たちは、この姉妹のように、それぞれ「父」を喪失し、「母」を憎み、「男らしいように見えるけれど、実は卑怯な男」たちに振り回され、しかし女同士の「男のいない家族」的な友情に癒されているように思えます。
『アナと雪の女王』が世界中の「もう王子様が来ないことに気づいた女性たち」の心に響いたように、この日本発の女性映画も、これからの時代を生きていく女性や男性に響くことでしょう。
■今回の格言/女たちだけで「家」を機能させることも、子どもを育てることも、結婚せずに幸せに暮らしていくことも、できます。「家」のなかに男性的な権力者は必要ありません。
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二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。その他の著書に『淑女のはらわた』(洋泉社刊)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(文庫ぎんが堂刊)など。新刊『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA メディアファクトリー/ダ・ヴィンチBOOKS刊)が好評発売中。
http://nimurahitoshi.net/ -
『海街diary』
監督/是枝裕和
出演/綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、加瀬亮、鈴木亮平、坂口健太郎、樹木希林、リリー・フランキー、風吹ジュン、堤真一、大竹しのぶ
配給/東宝、ギャガ
公式サイト/http://umimachi.gaga.ne.jp/
2015年6月13日(土)~、全国公開