恋をされるイケメンの“受け身”問題

現代の男性は恋愛に縁がある層とない層に二極化されていて、女性は多くがそこそこ可愛いので、恋愛市場での男女の数は不均衡。モテる一部の男に複数の女の子が翻弄されるケースが多い、と言われています。女性は「自分にとって恋愛やセックスが“ありえる”男性」しか目に入らない。無意識のうちに男性を“切り捨て”してしまっている。
 
確かにイケメンをズラッと揃えたこの映画、会社にもレンタルビデオ店のバイトにもアングラ劇団にも、現実的に考えたらダサい男はたくさんいるはずなんですけど、登場しません。あるいは志乃の目には見えていないだけかも。そんな状況で、イケメンたちには性欲が切実じゃなくなるケースがあります。あかりみたいなメンヘラ美女が共依存関係のなかで、とんでもなくエロい奉仕をしてくれたりする。自分からは何もしなくて済むから、そのうち欲望がなくなってしまう。受け身の恋愛に慣れてしまうわけです。そして中毒になって精神をこじらせる。現代の“恋されるイケメン”問題ですね。
 
元彼の正樹は、会社ではいい人だと思われてるタイプで、おそらく仕事もできるのでしょう。彼が恋人に暴力をふるう理由はひとつだけ、「僕をもっと大事にしろ」という際限のない感情です。暴力はふるわなくても、女性に対して支配的な態度をとる男も同じことです。 
 
一方で、セックスだけはしておいて「俺は絶対に、お前のことを大事にはしないよ」と宣言して予防線をはる男もいる。OL時代の志乃の浮気相手・ミツは自分の安全圏を確保したまま、女の心のなかに入ってくる。彼が女性に対して熱心なのは、性欲からではなく、セックスを“女性を支配する道具”にしたいからです。レンタルビデオ店のバイトの川谷（菅田将暉）も軽く志乃に迫りますが、こちらはミツと違ってまだ幼い。でも彼がフリーターではなく大学生のアルバイトで、いずれビデオ店ではなく一流企業に就職するのだとしたら、ミツのような男になってしまうのかもしれません。ならないでほしいですが。
 
まともな会社で働くサラリーマンたち二人が特に恋愛で病んでいるという設定ですが、別に高給取りのサラリーマンがストレスも高いからメンヘラ化しやすい、といったテーマではなく（ただ「人生が詰んだとき、グズグズしてないで思い切って“居場所”を変えちゃうこと」がストーリーの骨子ではあります）、現実ではビデオ店の店長や劇団の主宰者が良質な男だとも限りませんけれど、なんにせよ「自分はまともだ」あるいは「自分には才能・能力がある」と思い込んで、インチキな自己肯定をしながら異性を傷つけ続け、いっこうに自分は変わろうとしない男は、どこにでもいますよね。
 
そういう男を“愛してあげる”ことは、志乃じゃなくてもできないでしょう。でも一般論として、寂しがり屋の女性はそういう男の“強さ”に恋をしてしまいがちです。また一昔前の女性にとっては、支配的な男性と結婚して我慢して生きていくか、浮気されても「はいはい」と甘やかしてあげる、それが“愛してあげる”ことでした。ほかに選択肢がなかったからです。だけど現代においては、それははっきりと間違いです。恋は、自分を守るためにしたらダメで、自分が変わるために“してしまう”ものなのです。
 
『ピース オブ ケイク』は、恋を礼賛する映画ではないし、メンヘラを揶揄する映画でもありません。恋の渦中にいる人も、恋をお休みしている人も、自分自身の恋愛観を見つめ直すきっかけになる映画だと思います。
 
■今回の格言／あなたがしている恋愛は、もしかしたら「好きになってほしい」だけ、「愛されたい」だけかもしれません。あなたには「人を愛すること」はできますか？