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支配する男と依存する女

この映画は70年代に大ヒットしたアメリカのポルノ映画『ディープ・スロート』の主演女優だったリンダ・ラヴレースの伝記本をもとに「なぜ彼女がポルノ女優になったのか」を映画化した実話ものです。『ディープ・スロート』っていうのはおそらく世界で初めて、のどの奥まで入れるオーラルセックスを映像化したもので、これがなければ今のポルノはないといっても過言ではない、まさに全世界の男たちの度胆を抜いた作品だったわけです。
 
アマンダ・サイフリッド演じるリンダは、厳しいカソリックの家庭に育った真面目な女の子だったけど、チャックという男と恋に落ちたことで人生が変わった。 チャックの借金を返すためにポルノ映画に出て、彼に仕込まれた“秘技”をカメラの前で披露して映画は世界的ヒット、一躍ポルノ界のスターになるんだけど、その成功の裏側で実は彼からDVや束縛を受けていたことが明かされます。
 
ある意味、意地悪な編集というか脚本で、リンダがスターダムにのし上がる映画の前半では「あれ、この男ちょっと変なんじゃ……」とは思わせるけど暴力をふるう描写はなくて、後半になってフラッシュバック的に、実は殴られていたという場面が出てくる。やっぱり人間の目に見えているものは主観なんだな、と思わせますよね。殴られるとオイオイってなるけど、暴力まではいかない“ゆるやかな虐待”っていうのも世の中に日常的にあって、やられてる最中は気がつかないものなんです。すべての人が自分の恋愛を客観的に見つめられれば、この世の不幸の数はそうとう減るでしょう。その客観性をもたせてくれるのが“女友達”というものの存在で、この映画の中でも唯一、女友達が救いの手を差し伸べようとしてくれたんだけど、そのときリンダはチャックのほうを選ぶ。ほとんどの女性が実際に、そうするよね。
 
最近になってDV男とかよく騒がれますけど、アメリカだろうが日本だろうがDVは昔からあったわけです。男が屈託を抱えているとその感情の逃がしどころは、必ず自分の近くの弱者に向かう。人を支配しないで生きていける優しいタイプの男もいるけど、多くの男は「自分よりも弱いものを支配したい」と思っているし、チャックはすべての男の中にいる。で、女はリンダみたいな激烈な人生でなくても、みんな“心の穴”を抱えていて、それを今度は自分が産んだ娘にぶつけてしまったりする。
 
この映画を観て僕がいちばん思ったのは、“すべての人間がもつ、他人を支配してしまう可能性”ということ。虐待というと「私には関係ないわ」と思うかもしれないけど、わかりやすい暴力でなくても人は人を支配してしまうことがある。女性が男性を支配することもあるし、被害者が加害者を(相手の罪悪感を使って)支配することだってありえます。自分より立場の弱い人間に対して“つい、やってしまう支配”は、それがヤバいことだってわかっていないといけない。親が子を厳しくしつけることも、支配的な恋人が相手を束縛することも、やっちゃうのは仕方ないとしても、それがヤバいことだってわかってないといけない。
 
チャックはわかりやすく暴力で支配しようとする男なんだけど、リンダは出会ったころから彼に依存しています。稼いだお金を彼に握られていて現実に逃げ場がなかったというのもあるけれど、彼女がチャックに惹かれたのは、そもそも彼女にそういう“心の穴”があいていたからなんです。

「【第5回】『ラヴレース』に見る、“恋愛中毒”の恐ろしさ」トップへ
  • 『ラヴレース』
    監督/ロブ・エプスタイン
    出演/アマンダ・サイフリッド、ピーター・サースガード、ハンク・アザリア、アダム・ブロディ、ジェームズ・フランコ
    配給/日活
    公式サイト/http://lovelace-movie.net/
    2014年3月1日(土)~、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
     
    (C)2012 LOVELACE PRODUCTIONS, INC.

  • 二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。最新刊『淑女のはらわた』(洋泉社刊)も好評発売中。
    http://nimurahitoshi.net/

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