特集 2014/11/5(水)
二村ヒトシの映画でラブ&セックス考

【第13回】『紙の月』に見る、女の人生における“私”という意識

『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』『すべてはモテるためである』などの著書で恋愛とモテについて説き、アダルトビデオ監督としてあくまで女性目線での作品づくりに定評がある“女性と性”のエキスパート、二村ヒトシさん。そんな二村さんが毎月1回、新作映画からラブ&セックスを読み解く連載。第13回は、宮沢りえが横領に手を染めていく平凡な主婦を演じる『紙の月』を斬る!

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(C)2014「紙の月」製作委員会

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人間をちっぽけにする男社会

中年男の詐欺師と10歳のテイタム・オニール演じる少女の心の交流を描いた『ペーパー・ムーン』という70年代ハリウッドの名作(時代設定は30年代の大恐慌時代)がありました。その現代日本版(時代設定はバブル崩壊後の90年代ですが、まさに現代の問題がテーマです)であり、男女逆転版とも言えますが、『紙の月』ではヒロインの女犯罪者と青年の体と心の交流は、実は主軸ではありません。この映画の正体は、男社会における女の生き方を通じた、女と女の寓話です。
 
僕はAV監督のくせに、いつも「男性社会は良くない」「男性社会、ぶっ壊れろ」と言い続けてますが、なんでかというと、女性たちが生きづらい社会って女性だけじゃなく男性たちも人間がセコくなってしまうんですよ。この映画を観ると、男たちの小ささと、男たちに抑圧される女の姿が突き付けられます。
 
クライマックス近く、より子と梨花は激しい台詞の応酬をします。近い境遇にありながら自分と全く違うふるまいをする人と関わると、今まで考えてこなかった「自分が本当は何を感じて生きていたのか」がわかってくることがある。映画では、具体的な横領事件を梨花が起こしたからこそ2人は深く関わり対立するわけですが、現実では“なんだか知らないけど、なんとなく気に食わない人”の存在って、すごく重要です。その相手が、もうひとりの自分だからです。
 
梨花は自我が空っぽな“普通の女”だったけど、その心の空洞に大金という悪魔が入ってきてしまって初めて、男性社会で戦い、傷つき続けてきたより子と対等に話ができるようになり、光太をダメ男にしてしまったことを後悔せず「この犯罪は、誰かのためにじゃなく、自分のために犯したのだ」と自覚する強さを得た。
 
より子は善で、梨花は悪です。より子が梨花の犯罪を追い詰めていった結果、それが梨花だけじゃなく、より子の新しい世界の扉も開きます。この映画では男女の愛(かと思えたもの)は女を救わない。もちろん不倫や犯罪のドキドキ感も、消費の快楽も梨花を救いません。善と悪も最後まで理解し合えなかった。でも理解し合えなかったというそのことが、2人の女それぞれに力を与えた。
 
「救ってあげる」という意識がある人は、他人を救えないでしょう。印象的なラストシーンは「人は感謝なんかしない。人のために、という気持ちはきっと裏切られる。でも“自分自身を生きる人”だけが、本当の意味で他人を救う」という象徴だと思いました。鮮烈な、色々と考えさせられる傑作でした。
 
■今回の教訓/女の人生において、仕事でも恋愛でも結婚でも“自分を生きる”ことが大切!(だからと言って、もちろん犯罪はダメですよ)

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  • 二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。最新刊『淑女のはらわた』(洋泉社刊)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(文庫ぎんが堂刊)も好評発売中。
    http://nimurahitoshi.net/

  • 『紙の月』
    監督/吉田大八
    出演/宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、小林聡美
    配給/松竹
    公式サイト/http://kaminotsuki.jp
    2014年11月15日(土)~、全国ロードショー

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