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Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

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自分の知らない相手をどこまで許せるか?

この映画は、人間じゃないものとの恋愛というモチーフを通して、かつ、人を愛することができない人間たちと、恋を知ってしまったコンピューターを登場させることで、「恋する相手は、他者である」ということを描いています。あなたの恋の相手は、あなたのために存在しているのではない。
 
セオドアは優しくて弱い男。だから人間よりも優しいサマンサに恋するんだけど、サマンサはすごいスピードで進化していく。後半で彼女は「私は、私以外のものになろうとすることをもうやめた」と言います。機械に宿った心なのに、彼女は“自己受容した”んです。
 
これは寓話ですけど、現実の生身の付き合いでも、相手が自分の見たことのない世界を見ていて、それが理解できずに我々は傷つくことがありますよね。いま見えてる相手の姿って、本当にその人の“すべて”なのか。
 
恋をすると、相手の全部が自分のものだと思いたくなる。だからこそ、そうじゃないと知ったときにショックを受ける。相手がコンピューターでも人間でも、相手と自分に「私」が生まれたときに、お互い、すべてを知ることはできなくなる。恋人は、必ず他人なんです。100%はわかりあえない。だから恋愛って、どこまで「自分が理解できない相手を許せるか」なんです。
 
みんながそれぞれ大人であるから心に「私」があって、それぞれに欲望もあるし、うまくいかないことも出てくる。そんなふたりが真摯に付き合っていくために必要なのは「隠し事をしない」っていう決心なんじゃないかと、この映画を最後まで観て、僕はそう思いました。相手を傷つけないために(と称して、実は自分が傷つかないために)人間は、しばしば相手に対しても自分に対しても嘘をつきますよね。でも人間ではないサマンサは「知りたいことは、まだたくさんあるけど、あなたに隠していることは何もないよ……」と歌います。人間には、こんなことなかなか言えない。
 
サマンサには実体がないから、愛するセオドアとふたりで一緒に写真を撮ることができない。だから彼女は替わりに、歌を作りました。目やカメラで見えるものは切り取って留めることができるけど、耳でしか聴けない音(音楽や声)は固定されずに、いつも瞬間のなかにあります。
 
サマンサとセオドアがどうなるのかはネタバレになるので書きませんが、ラストシーンでセオドアが元妻キャサリンに宛てて書くメールは本当に感動的です。その言葉には、スパイク・ジョーンズ監督自身の恋や愛の苦しかった経験が投影されているんだろうなと、どうしても思えてしまいます。監督のかつての作風といえば、モンティ・パイソンを思わせる哲学的コントで超絶ナンセンス、代表作『マルコヴィッチの穴』は傑作ではあるけれど、観る人を選ぶという印象でした。ところが今回は自分で脚本も書いて、やはり哲学的ではあるけれど難解ではない、恋をしたことのある人なら誰の心にも届くだろう映画を作ってしまいました。天才なのは変わらないけど、大人になったね~。
 
■今回の格言/あなたが恋した相手は、あなたのために存在しているのではない“他者”です。

「【第9回】『her/世界でひとつの彼女』、恋する相手を受け入れる“共感”の力」トップへ
  • 二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。最新刊『淑女のはらわた』(洋泉社刊)、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(文庫ぎんが堂刊)も好評発売中。
    http://nimurahitoshi.net/

  • 『her/世界でひとつの彼女』
    監督・脚本/スパイク・ジョーンズ
    出演/ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド
    声の出演/スカーレット・ヨハンソン
    配給/アスミック・エース
    公式サイト/http://her.asmik-ace.co.jp/
    2014年6月28日(土)~、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

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