日本のユースカルチャーを牽引。ミレ二アルズを代表するバンド、サチモスとは?
2017/07/05(水)
> <

5/6

湯山玲子さんがサチモスの魅力を徹底分析

【コラム】サチモスのブレイクは、まさに久しぶりの“カッコいい”と“セクシー”の復権だった

「カッコいい」の旗色が悪くなったのは、いつのころからだったのだろうか?

これらは、現実社会の中では今や「取り扱い注意」の鬼っ子状態。これらを生き方の基準にしたり、憧れて自分もそうあるべく努力したりする様は、男女ともに「このリア充が!」と悪口を言われかねないシロモノである。

当たり前のことだが、「カッコいい」は、「カッコ悪い」の重力圏を脱出した状態であり、そうなるには不断の努力がいる。「カッコよさ」は肩肘を張らねばいけないという面倒くささがあり、たとえ憧れたとしても、自分がそうなる可能性は低く、「カッコよくなっても、何が得なの? 」という冷めた取引感覚がすぐに襲ってもくる。何よりも「高みにあるものを、引きずり下ろして喝采を送る」ネット社会の言説の浸透で「カッコいい」はあまりにも攻撃の対象にされやすい。ちなみに「カッコいいことは、カッコ悪い」と言う名言を吐いたミュージシャンがいたが、今の「カッコいい」を遠ざける空気は、解りやすいカッコ良さを無邪気に憧れた昔よりも、より人々の成熟度が増したゆえなのだ、という考え方である。
  
長らく日陰の存在だった「カッコいい」が、脚光を浴びることは簡単ではない。そういった意味で、サチモスの「カッコよさ」を分析してみると、それが非常に重層的でスキがないことがわかる。 

ボーカル・ヨンスが作詞を担当した「パシフィック」のMV

まずは彼らが、湘南で生まれ育った「仲間」たちで組んだバンドだということ。地元で仲間、といえば、日本ではヤンキーが通り相場だが、彼らの仲間感覚はちょっと違う。「パシフィック」のミュージックビデオを観てみよう。午後から黄昏、そして夜のビーチサイドのたき火のまわりにメンバーは集い、潮騒の空気と戯れるようにユルいダンスを愉しむ。若い仲間というものは無目的にたむろすることになっているが、彼らの繋がりは音楽であり、その条件は「この潮風とこのリフの気持ちよさが解るヤツら」ということにほかならない。この「仲間感」は、3枚目のアルバム『ザ・キッズ』収録の「ミント」のミュージックビデオで、ビーチからストリートに進出。レコードを掘り、車を走らせるメンバー各々の日常をつなぐ絆としての音楽が際立って伝わってくる。

なんとなく海に集まって、音楽と環境を楽しむ、というのはサーファーのライフスタイル。毎日ビーチで顔を合わせる仲間たち。お互い素性も知らないのに、その場の波を愛している、と言うだけで繋がってしまう、上下関係も目的もない絆だ。実は私自身、こういった空気を1970年代後半の茅ヶ崎で体験している。空気の発信元は「ブレッド&バター」というカフェ。その頃の私は流行りモノ好きの高校生。サーファーブームの兆しをキャッチし、女友達と茅ヶ崎に遊びにいったときにふと入ったこの店に完全に心を奪われてしまった。当時は非常に珍しかった、セルフビルド風のウッディな店には、海から上がったばかりのサーファーや大型犬を連れた地元の女の子が集い、その一方でヒッピー風のブリントドレスを着た中年女性や、アロハが似合う長髪のロックオヤジなんぞが立ち寄って談笑している。もちろん、そこには音楽があり、「ここはどちらのノースショアですか?!」的な空気は、東京の頭でっかちの文化系少女にとっては圧倒的な「カッコ良さ」で、同行した女友達はそれから10数年後、同じく湘南の逗子にマンションを購入してしまったほどだ。 

サチモスのメンバーは皆、その音楽的な素養を両親や近くに住む叔父さん、そして周囲の大人たちから受け継いでいる(タイキングはなんと用務員さんからドラムを教わっていた!!)。70年代後半、私がカフェ「ブレッド&バター」で目撃した世代を超えた音楽&サーフの「仲間たち」の遺伝子を、受け継いだ子どもたちがまさに彼らであり、サチモスは、湘南、という日本でもまれな音楽による関係人脈、土地の文化集積が生んだ特別なバンドなのだ、という想いが私にはある。

「カッコいい」の中には、異性や同性を惹きつけるセクシーさ、というものも当然存在する。逆にセクシーさがない「カッコよさ」というものはちょっと想像ができない。しかし、セクシーとはやっかいなもので、それが発動するとき、世界は安定や調和を乱されることになってしまうのだ。そう、色っぽさというものは、「恋が始まってしまったら、社会を敵に回すかも知れない」という暴力でもあり、昼間の理性的な世界ではなく、夜という時間が人にもたらす、非論理的な肌触りのことでもある。

ちなみに、それを音楽に移し替えるならば、ドミソのトニックコードの安心&安定ではなく、そこにシが加わる7th、そして9th、13thのテンションコードや転調であり、それらは、ジャズを初めとしたブラックミュージックが歴史的に培ってきたものだが、サチモスのサウンドもまたその響きやグルーヴを色濃く持っている。

彼らの場合、この巧緻なサウンドの土台にたとえば、こういう歌詞が乗ってくるのだからたまらない。

ヨンスの動きも見逃せない「ミレー」のライブ映像

終電で繰り出して 渋谷で待って
急いで、暗い用の顔を上から塗って
なんならそう、男だけ それ間違いで
遊んで抱かれたい stick in time
(サチモス「ミレー」より)

あらゆる恋愛パターンを経験やメディアで知りつくし、ある種「男なんてこんなもんよ」とタカをくくっているオトナな女たちは、はっきり言ってこの曲で全員ノックアウトされたはずだ。

歌詞のテーマは、すばり、ナンパ目的のオールの夜遊び。急いで塗る「暗い用の顔」というのは、ワンナイトスタンドを狙う狼ペルソナの事だろう。しかし、そんな決心をしたとしても今どきの若い男はすぐに面倒くさがるので「なんならそう、男だけ」となるのだが、すぐに「それ間違いで」と意気地を見せる。とここまでは、破綻のない男前スタイルなのだが、次の歌詞で予想外のどんでん返しがくる。 

「遊んで抱かれたい」

ええーっ?? ナンパのため渋谷に出て来たマスキュランな若い男のベッドでの欲望は、「抱いて支配する」よりもお相手に「抱かれたい」という受け身の方だったんですよ! それも、stick in time=時間にこだわって、という意味深なオチとヨンスの自らの身体を抱擁する歌い方ホーズ付きで!!! (ここのところの彼のセンスには、デヴィッド・ボウイ的な両性具有感が一瞬よぎります)

人間の心は実はかなり複雑。サチモスの歌に表現されるセクシーさは、紋切り型の萌えや恋愛心理を軽々と越え、それが「変態やデカダンス」なんぞではなく、ナチュラルな情感として通り過ぎていくところに彼らの魅力がある。

キャンディタウンの呂布をラッパーとして迎えたナンバー「ガール feat. 呂布」のMV

このセクシーの様々なあり方、複雑さは、「ガール feat. 呂布」にも存在する。

hey girl she is a single eyes
寄り道しなって
hey girl she is a charming woman 
but too young too marry
(サチモス「ガール feat. 呂布」より)

またまた、「hey girl (よぉ、おネエちゃん)」で始まるナンパ節なのだが、注目なのは最後の英語部分のフレーズ。「彼女は凄くチャーミング。でも、結婚するには若すぎるよね」の箇所なのですよ! ということは、その「彼女」ってもしかして、まだ14歳ぐらいなのかしら!?……、という話なのだが、実はこの感覚、かつて年齢よりもおませだったタイプの女性には、記憶の底から甘酸っぱい思い出が掘り起こさせるに充分なのだ。背伸びしておしゃれして原宿に行って、初めて年上の男たちに女性としてチヤホヤされたあの中二の夏休み。ああっ、タイムマシンがあるならば、私は14歳の少女に戻って、茅ヶ崎に行き、サチモスがたむろしているビーチハウスの横を横切ってヨンスの視線をキャッチしてみたい、ってね。

今の時代は、こういうシチュエーションを出すとすぐにロリコンだ、などと騒ぎ立てるが、大人への第一歩を踏みだした女の子の、光輝くような美しさとそれに自然に魅惑される男の気持ち、というものは、堂々たる人間の真実。クラシック音楽で言うならば、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」級のエロス讃歌が、このギターリフが印象的なレイドバック・サウンドに込められているという絶妙。ちなみに、ボーカルのヨンスは、「but too young too marry」のところで、左指のエンケージリングを回すような仕草をする。こういう、動きの細部にセクシーの神は降りてくるのです。

サチモスの登場によって、音楽ファンたちは、「カッコいい」こと、「セクシーであること」の快感を急速に思い出し始めている。思えば今まで、多くのロックやソウルのスターたちは、そのギターでのギュイーンのチョーキングや、クールなカッティングなどの「カッコ良さ」や、まんま、アレを思い起こさせる反復グルーブビートの一発でもって、多くの人々を魅了してきたものだった。

しかし、時代は「カッコいい」のスビード感や快感よりも、本音と安定感重視に舵を切り、「セクシーさ」はエンターテイメントとして様式化された枠の中だけで発揮され、簡単にお笑いのネタになるような、牙を抜かれたスタイルとして存在するものになってしまった。

「カッコいい」や「セクシー」よりも、傷や弱さを臆面もなくさらけ出す本音主義、みんないっしょを歌詞で確認する絆感覚、「このままのキミでいいんだよ」系自然体という名の現状維持モード、つまり、これらすべての「カッコ悪い」が蔓延し、それはそれで、多くの人の心の支えにはなっていたのだが、申し訳ないが、人間、「カッコ悪い」だけでは、生きられないんですよ。

そう、サチモスのブレイクは、まさに久しぶりの「カッコいい」と「セクシー」の復権だったのだ。

 

(Text: Reiko Yuyama)

  • 湯山玲子(ゆやま・れいこ)/著述家。プロデューサー。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。学習院大学卒。サブカルチャーからフェミニズムまで横断したコラムで人気。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニ ブックス)、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(角川書店)、『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』(幻冬舎)など。日本テレビ「スッキリ!」のコメンテーターなど、TVでも活躍中。クラシック音楽の新しい聴き方を提案するトーク&リスニングイベント「爆クラ!」をほぼ月1回主宰。http://yuyamareiko.blogspot.jp/

  • サチモス『ファースト・チョイス・ラスト・スタンス』

    1. ワイパー
    2. オーバースタンド

    サチモスが変わらずカッコいいと思う音楽を追及するため、そしてこれからも増え続ける夢を叶えるために立ち上げた新レーベル「F.C.L.S.」からの記念すべき第一弾2TracksCD。初回限定盤は、サチモスロゴのステンシルシートも同封している他、レーベル名であり作品タイトルの頭文字でもある「F.C.L.S.」と型抜きされた特別仕様のパッケージ。

    2017年7月5日(水)発売 ¥1,000
    http://www.fcls-official.com/

      

MORE TOPICS

SHARE THIS ARTICLES

前の記事へ特集一覧へ次の記事へ

CONNECT WITH ELLE

エル・メール(無料)

メールアドレスを入力してください

ご登録ありがとうございました。

ELLE CLUB

ようこそゲストさん

ELLE CLUB

ようこそゲストさん
ログアウト