女同士でイチャイチャしてみませんか
最初にも書きましたが、この映画は“女と女の恋愛について”というより、男女どちらでも体験できるであろう“恋する(される)ことの楽しさと、つらさ”についての映画です。
どんな女性にも男性性があり、どんな男性にも女性性があります。人は必ずしも「男だから、男性性が強くてパートナーを苦しめる」「女に生まれたから、自分の女性性に振り回されちゃって苦しむ」と決まっているわけじゃない。エマは女性性(セックスでの優しさ)と男性性(ヤリチンっぽさ)を両方持った“人間”だといえます。男性性はエマの「強さ」なのかもしれないし、女性性がネガティブに出ると「嫉妬深さ」とか「寂しさ」になるとしたら、嫉妬する男や寂しがりの男も世間には多いですよね。性別は関係ありません。
エマは、アデルを嫌いになったわけじゃないんです。ああいうヤリチンは相手を嫌うということをしないから、むしろ、つらいんですよ。けれど自分にないものを求めすぎてしまうアデルは、エマみたいな人には、手を伸ばしても届きません。エマはアデルをすごく大切に思ってセックスに耽るけれど、無限に優しくし続けることはできない。エマ自身も心に大きな穴があいていて、実は恋されることよりも自分が無限に愛されることを求めている。ヤリチンと、ヤリチンに恋する女は、似たもの同士なんです。
それでもエマが髪の色を落として男っぽくなる前のふたりの関係って(子どもっぽい関係だから、続かないんですけど)微笑ましかったなあ。ああいう優しい恋愛を体験するのは、良いことだと思います。
ここから先は半分冗談だと思っていただいてもかまわないですが、恋愛で男性との関係が苦しくなってしまいがちな女性は、女同士で仲良くイチャイチャしてみたらいいんじゃないですかね。へんな男に引っかかって暴力性や支配を押しつけられるぐらいだったら、女の子を相手にスキンシップしてるほうが楽しいと思いますよ。そのほうが相手のことを大切にできるんじゃないかな。もちろんレズビアンの女性にも嫉妬深い人は少なくないだろうし、それはそれで面倒くさいことになる可能性もあるから(なんて言ったらレズビアンの女性に叱られるかな?)、あくまでもライトに、いいなと思える相手がいたらノンケの女性同士でハグしたりキスしたり、同じベッドに寝て、触りあってみたり。もちろん、おたがい了解しあった上で。
現代は、多くの女の子たちが「恋愛したい」「結婚したい」って言ってるのに、まともな男がすごく少なくなって、ヤリチンか中年童貞に二極化してるという現象が起きています。だったら「この人の子どもを産む」って思える男性が現れるまでは、女性と優しくセックスしてるほうが病まない女の子も多いんじゃないでしょうか。親のために結婚するとか、女だから家事は私だけがしなきゃいけない(でもそれは不満)とか、結婚したら仕事を辞めなきゃとか、そういう下らないことに引き裂かれないために。性愛の相手は異性って決めつけて、自分でそれに縛られてる必要はないですよ。
と、同性愛推奨という結論になりましたが(笑)、ご自身でこの映画を参考にして判断してみてください。ラストカットにも希望があって、恋の果てにある愛の予感もしました。女性と女性が恋愛することが全然おかしくない世の中になったら、男たちは焦って、もっと女性に優しくなるんじゃないかなあ、と思いながら僕は観ていました。
■今回の格言/変な男に引っかかるぐらいなら、女同士で恋に落ちてみよう。
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二村ヒトシ/アダルトビデオ監督。1964年六本木生まれ。慶應大学文学部中退。1997年にAV監督デビュー。痴女もの、レズビアンものを中心に独創的な演出のアダルトビデオ作品を数多く手掛けるかたわら、『すべてはモテるためである』(イースト・プレス刊)、『恋とセックスで幸せになる秘密』(同)などの著書で、恋愛やモテについて鋭く分析。女性とセックスを知り尽くした見識に定評がある。最新刊『淑女のはらわた』(洋泉社刊)も好評発売中。
http://nimurahitoshi.net/ -
『アデル、ブルーは熱い色』
監督・脚本/アブデラティフ・ケシシュ
原作/ジュリー・マロ 『ブルーは熱い色』(DU BOOKS刊)
出演/レア・セドゥ、アデル・エグザルコプロス、サリム・ケシゥシュ
配給/コムストック・グループ
公式サイト/http://adele-blue.com/
2014年4月5日(土)~、新宿バルト9、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー