特集 2017/8/25(金)
女性たちが支えたアメリカン・アートの歴史 Vol.4

1940~50年代、女性芸術家が闘った“夫”という壁

モダン~コンテンポラリーアートのなかで重要な様式や潮流を発信してきたアメリカン・アート。そこにはあらゆる方面で深く関わった女性たちがいた。今も変わらない男性優位の体制の中、アートシーンを力強く開拓していった女性たちにフォーカスを当てる連載4回目は、1940年代~50年代に活躍した抽象表現主義の女性アーティストたちをフィーチャー。

トルーマン元大統領(左)のライブラリーから委託され制作したケネディ大統領の肖像の横に立つ、エレイン・デ・クーニング。1965年。

エレイン・デ・クーニング、夫を師にして苦悩
 
リー・クラズナーと同じく、1951年の「Artists: Man and Wife」展に夫婦そろって登場したウィレム・デ・クーニングの妻、エレイン・デ・クーニングもこの「有名アーティストの夫の影としての妻(でアーティスト)」という役割を担ったひとり。元々夫のウィレム・デ・クーニングを崇拝していた彼女は当時美術モデルをしながらアーティストを目指す学生。指導教員たちにセッティングしてもらい、ウィレム本人と出会い、子弟関係となる。厳しい指導で知られるウィレムに何度も書き直しを要求され、時には作品を壊されることも。5年後、ふたりは結婚。指導の場であった彼のロフトに移り住み、同じ場所を共有して創作活動を続けた。実はふたりの結婚はいわゆるオープン・マリッジ。両人ともが外に恋人を持ち、ウィレムには別の女性との間に娘も生まれる。20年以上も別居を続けたものの、離婚に至ることなく最後には復縁している。エレインは制作活動を続けていたが、ウィレムとの関係が続く間はずっと彼の作品のプロモートを、自身のキャリアに与えるダメージを知りつつ行っていた。

ウィレム・デ・クーニング作 “North Atlantic Light”(右)。女性関係が激しかったウィレム(右)と結婚するにあたり、エレインはオープン・リレーションシップを選んだ。

Photo: Getty Images

女性をアクセサリー扱いした抽象表現主義  
 
というのも当時の抽象表現主義においては女性は男性アーティストのもつ作品の「男性らしさ」を引き立てる単なるアクセサリー、もしくは主題として軽んじられる傾向があった。そのことを知りつつ、彼女は自身の作品が「女性らしい」あるいは「デ・クーニングの妻である」と名指しされないように作品にはイニシャルだけを残すようにしていた。最終的には、彼女自身の名前も認められるに至ったものの、彼女の芸術家としての道の多くは夫という障壁が常につきまとうものとなった。

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Text: Ryoko Oh

  • オー・玲子(ライター・リサーチャー)/学習院大学哲学科美学美術史専攻卒。写真通信社、海外誌を中心にフォトリサーチャーとして勤務後、ライターとして活動。

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