【vol.3】大統領の消された妹:アメリカのファッション史を築いたケネディ家の女たちの光と影
ジャクリーン・ケネディ・オナシス、その妹のリー・ラジウィル、キャロリン・ベセット・ケネディ。ファッション・アイコンとして現在も影響を与えているケネディ家の女性たち。でもその陰で人知れず存在を葬られた長女がいた……。華麗なる一族に隠された悲劇の長女、ローズマリーの人生が最新の資料に基づき1冊の本「ROSEMARY The Hidden Kennedy Daughter」として出版されたばかりの今、ケネディ家の女性たちのパワーを振りかえれば、その分だけ強かった影の部分も見えてくるはず。第3回となる本日は33歳の若さで亡くなった悲劇のヒロイン、キャロリンをフィーチャー。
普通の女の子が“ケネディ帝国の跡継ぎ”の嫁に
大統領の息子、ジョン・F・ケネディJrとの出会いは、1992年ごろで、彼がセントラル・パークをジョギング中に、あるいはVIP顧客を集めたエクスクルーシブな「カルバン・クライン」のメンズコレクションのファッションショー会場で彼女を見初めたとも言われている。ジョン・F・ケネディ Jrはアメリカで最も望ましい独身男性であり、『ピープル』誌の世界で最もセクシーな男性にも選ばれた、当時の妙齢のアメリカ人女性なら身を投げ出すほどの超優良株。父親譲りのプレイボーイで稀代のスポーツ好き。マドンナ、サラ・ジェシカ・パーカー、ダリル・ハンナと交際し、生まれたときからパパラッチに囲まれた生活に慣れていた。
1994年ごろ、ニューヨークを2人で歩く姿がキャッチされた瞬間から、キャロリンはパパラッチの執拗な攻撃にさらされることになった。1995年にはジョン・F・ケネディ・Jrのトライベッカのアパートメントに移り住んだが、アパートメントを出た瞬間からパパラッチの軍団が待ち受けていた。婚約はこの頃に、あるいはキャロリンがトライベッカに移り住む前に行われたと思われる。当時流行っていた恋愛攻略本「ルールズ」に従ったからという説もあるが、実際にはケネディ家の御曹司からプロポーズを受けることが本当に正しい選択なのかどうか迷っていた。彼なら、どんな上流階級の女性だろうと、どんなに教養がある女性でもよりどりみどり。そんな男性の妻になるには恐怖も伴った。
Photo:GETTY IMAGES Text:Ryoko Tsukada
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(参考文献)
ローレンス・リーマー「ケネディ家の女たち」
Edward Klien 「Just Jackie : Her Private Years」
ネリー・ブライ「ケネディ家の悪夢 セックスとスキャンダルにまみれた3世代の男たち」
クリント・ヒル「ミセス・ケネディ 私だけが知る大統領夫人の素顔」