特集 2017/11/17(金)
早耳調査隊がゆく

胸を失くした女性たちが“全裸”になって立ち向かう現実

「ステラ・マッカートニー」が公式サイトやSNSで公開した、女性たちのヌード写真が話題を呼んでいる。彼女たちに共通するもの、それは胸を失くしたこと。彼女たちがカメラの前で晒したのは傷だけでなく、乳がん患者を取り囲む過酷な現実だった。

25歳で乳がんと診断されたヴァネッサ・T(右)

Photo: David Jay

「ステラ・マッカートニー」のブランド公式インスタグラムに連続して投稿された女性のヌード写真。そこに写っている彼女たちの胸には全員大きな傷がある。ある人はひとつ、そうでない人はふたつ。
 

乳がんを患ったことで、手術で胸を失わざるを得なかった女性たちを長年撮影し続けてきた写真家のデビッド・ジェイが、12年前から「SCARプロジェクト」と題して進めてきたもの。このプロジェクトは、その制作過程を追ったドキュメンタリー『Baring it ALL(=全裸にする)』(2011)がエミー賞を受賞したこともある。

Photo: David Jay

監督パトリシア・ザガレラはドキュメンタリー制作の動機をこう語っている。「このプロジェクトを最初に見たとき、生々しい現実を目にしたような気がした。私たちがふだん見まいと避けてしまっているものを、写真のなかの女性たちが私に向かって、印象的に、美しく、まさに今直面している現実として、暴力的なまでに訴えかけてきたの。その瞬間脳内に堰を切ったように溢れてくる疑問のあまり叫んだわ。なんでこんなことをしたの? ファッション&ビューティ・フォトグラファとして成功している彼がわざわざ、なぜ?」

 

 

デビッドが乳がんサバイバーを撮影し始めたきっかけは、友人のモデルが29歳という若さで罹患し、胸を切除したこと。母リンダも乳がんで闘病し、彼のプロジェクトに再び光を当てたステラ・マッカートニーとの対談で浮彫りになったのは、乳がん患者が体験する「現実」に注目してもらいたいと思う、ふたりの活動共通の動機だった。

18歳で乳がんと診断されたリア・P。乳房再建手術に保険会社は保険金を払わなかった。

Photo: David Jay

乳がんの何が過酷かといえば、傷痕の実際の痛みだけでなく、その後のライフスタイル全体に“後遺症”が深く響いてしまうこと。撮影に協力してくれた女性たちは、きっかけについて口々にこういったのだそう。
 
「自分がモンスターになってしまったように思えた。夫にはぜったいに裸を見せたくなかったし、子どもたちは私のことを見ないようにした。外に出ることができないくらい自分の身体を恥じたわ。そんなときあなたの写真を見たのよ」。

キャンディス・レイ・Dは耳の聞こえないレズビアンのシングルマザー。13年もの間、担当医師たちが必要ながん検査を行わなかった経験から、米国の過酷な治療環境を訴える。

Photo: David Jay

実際、乳がんサバイバーたちは闘病中以上に、術後の日常に苦難が待ち受けている。厚生労働省のHPでは下記のような身体的・精神的変化を取り上げている。

・術後14.1%がセックスレス、50.6%が性生活減少
・元患者の約35%が「服を脱ぐことに抵抗がある」、約25%が「性交痛がある」
 
 
ホルモン療法や抗がん剤治療は倦怠感や脱毛、食欲不振や体重変化、化学療法や内分泌療法なら卵巣機能の低下でエストロゲン・テストステロン低下で性交痛や性欲低下を引き起こす。このことでボディイメージや女性としての自信を失い、自身のアイデンティティさえも失うほどに影響を及ぶ。(

17歳で乳がんと診断されたジョリーン・V。2011年「SCARプロジェクト」展覧会最中に亡くなる。享年25歳。

Photo: David Jay

自身も母を乳がんで亡くしたステラが、術後の支援を進め、両胸を失った人のためのブラや水着を開発した理由を「女性であること、性的魅力や人としての誇りをキープしてほしいから」と語る通り、乳がんは胸だけでなく、生きるうえでの女性の自信も奪っていく。にも関わらず、ブラック企業は女性を健康診断を受けさせる義務から逃れさせ、国民皆保険がない国では乳がんになった女性に保険料を出し渋る。
 

Portraits of Shannon done by David Jay for #NoLessAWoman for @StellaMccartney. #StellasWorld #TheScarProject

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そのうえ乳がん患者を取り巻く厳しい環境はパートナーの健康も奪っていく。同じく厚生労働省ではこんな夫側の変化も記載している。
 
・夫の40%が不眠や悪夢、27%が食欲低下、43%が仕事の集中力低下(米調査)
・夫の41パーセントが落ち込み、11%が明らかな不安を感じる(国内調査)

「私の傷と言葉は、物語の半分でしかありません。それらは、絶えず存在する精神的、個人的な苦悩や私の家族が快く引き受けてくれている負担を伝えることはできませんし、乳がんに伴うライフスタイルの変化や制限も伝わらないでしょう。しかし、見せる必要はないのです。私は注目を集めたり『特別』あるいは『勇敢』だと思われたりしたいと思ったことはありません。哀れみや同情は必要ありません。私の願いは皆さんが自分自身と再び結びつき、人生で本当に大切なものは何かということをもう一度考え、それを祝福してほしいということです」(ヴァネッサ・T)

Photo: David Jay

デビッドのヌード写真に、表情はこわばり、一瞬目を背けたくなるかもしれない。しかし、胸を失った女性たちの傷と肉体から目を逸らすことは、乳がん患者が抱える厳しい「現実」を見て見ぬふりすることと同じ。

「肌は焦げて血がにじみ」、「18歳にして中身は55歳」になり、「髪が抜け落ち」「自分で注射を打つ」。これが彼女たちが語ったありのままの現実(もちろんすべての乳がん患者がそうなるわけではないけれど……)。それでも厳しい毎日を生き抜いて、ズタズタになった体で再発の恐怖と闘う。その過酷な現実の果てに、写真にうつっている彼女たちの前向きな美しさがある。

その証拠に「SCARプロジェクト」の展覧会にはこんな副題が付けられていた。「Surviving Cancer. Absolute Reality(がんを生き抜く。それは苛烈な現実)」、「Breast Cancer Is Not A Pink Ribbon(乳がんはピンク色のリボンなんかじゃない)」。

  • ※厚生労働省「若年乳がん患者のサバイバーシップ支援プログラム」より

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