エディターズPICK 2016/9/30(金)
ワイングラスを知れば、もっとワインが楽しくなる!

珠玉のワイングラス「リーデル」の秘密【後編 チェコでのルーツを辿る】

カシス、バラ、洋なし、リコリス、森の下草、なめし皮、もも肉、たばこ、バニラ――これらに共通するものは? 答えはずばり、ワイン。これらのワードはワインを表現するときに使われるアロマを示すもの。こんな香りを見つけることができたら、ワインが格段においしく感じられるはず! 「リーデル」のグラスが、そんな豊かなワインライフのきっかけに。その理由は? ワイングラスの老舗「リーデル」の秘密を探る本連載、後編ではその歴史にフォーカス!

260年もの歴史をもつワイングラスのトップブランド「リーデル」は、どのメーカーよりもワインとぶどう、そして造り手のことを考えてきた。9代目当主のクラウス・リーデル氏が、ワインの個性を引き出すことを目的とし、ワインの特長にふさわしいグラスを生み出したのが1950年代後半。それから現在に至るまで、世界中のワインの生産者とテイスティングを繰り返して、あらゆるぶどう品種の個性に合わせたワイングラスを次々と開発してきた。「リーデル」のグラスは、ワインのある場に、そしてあらゆる食のシーンになくてはならない存在と言っても言い過ぎではない。

世界9カ国に拠点をもち、ヘッドオフィスはオーストリアのクフシュタインという街に置かれている「リーデル」。本社の工房では日々、伝統的な手吹き製法によるハンドメイドグラスが生み出され、誰でも訪れてその卓越した職人技を見ることができる。けれど、そのルーツがチェコにあることはあまり知られていない。この老舗グラスメーカーはもともと、かつてガラス工芸の街として知られたボヘミア地方で小さな工房としてスタートした。

チェコの首都・プラハから車で走ること3時間余り。現在は自然保護区に指定されている森林エリア・クリスティアノフは、かつてドイツ語でクリスティアンスタールと呼ばれ、13世紀に遡るボヘミアンガラス工芸の中心地のひとつだった。260年に渡るリーデルとクリスタル工芸の歴史は、ここ、北ボヘミアに端を発する。
  
ガラス工房に職を得た一家は、1756年に3代目のヨハン・レオポルドがクリスティアンスタールにガラス工房を構えてリーデル社を創業したのち、本格的にクリスタル産業に参画。4代目アントン・レオポルドがそれを引き継ぎ、5代目のフランツ・クサファー・アントンは卓越した技をもったガラス職人として、また経営者として目覚ましい手腕を発揮する。続く6代目ヨーゼフ・シニア、7代目ヨーゼフ・ジュニアへと受け継がれてなおリーデル家は隆盛を極め、その繁栄は20世紀初頭まで続く。優れたクリスタルのアクセサリーや工芸品を生み出す“ガラス王”として、「リーデル」の名は近隣諸国にまでその名を知られるまでになる。
  
11代目の現当主マキシミリアン・リーデル氏がかつて工房があった森へと入り、周囲の土を手で掘ってみる。すると、洋服のボタンやビーズの破片と思しき、キラキラと光るかけらが土の中から姿を現した。高炉の跡地なのだろう。200年以上も前、リーデル家のガラス工房は確かにここにあり、高い技術を駆使してクリスタル製品を作っていた。手のひらのホロビーズのかけらを握りしめつつ、現当主は当時に思いを馳せる。

クリスティアノフのそばの森の一角に、リーデル一族の墓碑がひっそりと佇んでいる。3代目ヨハン・レオポルト・リーデルとその妻、アンナ・フランシスカといった先代たちの名が、チェコ語ではなくドイツ語で刻まれている。一族の歴史を辿るべく、リーデル家を継承した当主としてチェコに足を運んだマキシミリアン氏は、自らのルーツがここにあることを改めて知り、感慨深そうに墓碑を見つめる。

チェコ東部のヤブロネツにあるガラス・ジュエリー博物館は、世界中からクリスタル職人やガラス工芸家が訪れるグラスアートの殿堂。ここでは、ボヘミアングラスの歴史を見ることができ、それはすなわち、ボヘミア時代のリーデル一族の軌跡を辿ることでもある。当時つくられていた花びんや香水びん、ボタンなどの装飾品とともに、5代目クサファー・フランツがウランを用いて作ったグリーンやイエローのカラーガラスの作品が残っている。娘の名前をとって「アンナの緑」「アンナの黄色」と名づけられたカラーガラスは、ガラス工芸史上画期的なクリエーションであり、発明でもあった。

しかしその繁栄は長くは続かず、やがてヨーロッパを襲った大戦の嵐に一族も巻き込まれることになる。国は分断され、リーデル家の男子たちも戦地へ赴き、かつてのガラス王はいくつもの工房と従業員たちを手放さざるを得なくなってしまう。一族の歴史でいえば、8代目ワルター・リーデルがファミリービジネスを指揮していたころと重なる。
  
かつてのボヘミア地方の街デスナーに、リーデル家の住処が残っている。2階建ての屋敷の階下は現在、幼稚園として使用され、2階は博物館として当時の内装や家具が残され、家族の生活の様子を垣間見ることができる。重厚な書棚には、設計図やさまざまな書類が積まれ、100年経った今でも強固な雰囲気は健在。

9代目当主クラウス・リーデルは若くして徴兵され、イタリアで第二次世界大戦の終戦を迎えた。捕虜を連行する列車から決死の覚悟で飛び降り、オーストリアのチロル地方へ逃亡。祖父の7代目ヨーゼフ・リーデル・ジュニアと交流のあったスワロフスキー家の助けを得て、1956年にクフシュタインにあったガラス工場を買い取る。ここに新生リーデルの拠点が築かれ、ボヘミアに始まった「リーデル」は、新たな歴史をスタートした。
  
それまで、ワイン用のグラスは工芸品のひとつでもあり、ボウルの部分やステムに装飾が施され、色付きのグラスも少なくなかった。クラウスは“これではワインの色も香りも味もわからない。ワインを楽しむためのワイングラスを”という理念のもとに装飾性を一切廃し、ワインの個性を最大限に引き出すための機能性をもたせたグラス作りに注力。繊細で精巧で、主役であるワインのおいしさを発見するためのグラス。今でこそ当たり前のコンセプトは、リーデル9代目のクラウスが初めて生み出したものだった。

イタリア・ムラーノでガラス工芸を学んだ若き当主・11代目マキシミリアンは、脚のないワインタンブラー“リーデル・オー”や、スネーク型のデキャンタ(写真中央)など、経営のみならずクリエイティブにおいてもその才覚を発揮。世界各国のワイン生産者や食のキーパーソンのみならず、クリエイターやジャーナリストとも交友を深め、ワイングラスを通じてカルチャーの発信に努めている。一族の歴史がつなぐ「リーデル」は、これからもさまざまな挑戦を繰り返しながら食のシーンをリードしていくに違いない。

photo:Masumi Shishido

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