特集 2017/7/6(木)

セルゲイ・ポルーニン:バレエ界の反逆児が起こす革命

「スキャンダルにまみれて退団」「運よくミュージック・ビデオで復活」……。セルゲイ・ポルーニンという不幸にも天才として生まれてしまったバレエダンサーに浴びせらてきた悪意ある罵りを覆す、彼の真の姿を描き出した映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』がついに7月15日(土)、公開となる。そこで『エル』のために撮り下ろしたSPダンスムービーとともに、彼の撮影時の様子を担当エディターKがレポート。

https://www.youtube.com/watch?v=U9d3uH5V5KA
4月に来日したセルゲイを、エル・ジャポン8月号のために撮り下ろした。その際に見せた彼の姿は、かつてロイヤルで見せていた姿とは異なるものだった。ロイヤルで踊っていたときの、マスコミ対応のとげとげしさや、鉄面皮は消え、やわらかさや人なつっこささえ見えた。ツイッターで悪態をついて炎上していた頃が嘘のよう。
 
差し入れにブラウニーがあることを伝えると、口元にもっていき両手持ちでもぐもぐする。美味しかったのか「もうひとつほしいんだけどいい?」とばかりにうれしそうにひとつ持っていこうとしたので、チョコもあるけど持ってくかと訊くと、「ううん。それはいい」といかにも興味なさげな顔で言う。また、来日中に寸暇を惜しんで向かった先は六本木でも渋谷でもなく、新生児パンダが生まれる前の上野動物園。動物に夢中になってその後のスケジュールが押してしまったのだとか。まるで行動が27歳のそれではなく、まるで小さな男の子。
 
取材陣一同、全身タトゥでパーティボーイで野獣だ、不良だなんだと叩かれたのは何かが表出しただけで、人懐っこくて子どものようにピュアな彼が本来の姿なのだと確信。
 
8年前そんな彼が同団を去る間際、どんな叩かれ方をしたのか憶えている人も多いはず。「最年少で英国ロイヤルバレエ団のトップになったおごり」「若くして引き立てられるとこれだから」などと“良識ある”“ご年配の”“豊かな”ロイヤルのお客様からとがめられた。若すぎる成功でつけあがったとさんざん批判されていた。
 
冗談じゃない。彼と直に会って話した人たちは、皆そう口にした。

中学そこそこで国を出て、子どものころから一日9時間練習し、生活のほぼすべてがバレエに支配される。共産圏の家族が必死で外国で出稼ぎしてレッスン費を捻出してくれている分、誰よりも練習し、誰よりも早く稼げるように努力した。ところがトップに上り詰めたら、そこにあったのは野球選手の最低年俸にも満たない給料。40歳前には多くが引退する世界では、投資してもらった分を回収することなど夢のまた夢。彼自身が語っているように「トップになりさえすれば家族を祖国に帰せる分だけの十分なお金が手に入れられると信じていたのに、すべてが打ち砕かれ」てしまった。しかも、プリンシパルになっても契約は更新制。労働ビザはロイヤルで働いていることが条件のため、ケガでもしてクビになったら即、国外退去の恐怖が待っている。出世街道をひた走る稼ぎ頭の営業部長が契約社員のまま他の会社だと係長並みの給与で放置されているようなもの。通常の精神状態ならまず耐えられない。
  
世界5大パレエ団のトップの座を射止めるのは、確立的に言えばオリンピックで金メダルを獲るよりもはるかに難しい。ふつうの人が送れるはずの無邪気な時間も、箸が転がるだけで笑える青春も犠牲にして、ときには教育ケアも精神ケアもないまま大人になって、結局何も手にできない人が無数にいる。そんなリスクだらけのいばらの道を歩んでいるからこそ、バレエは尊い(合掌)。尊すぎて死ぬ。
  
ポルーニンはスキャンダルに“まみれて”なんかない。彼の努力と才能と個性とプロフェッショナルとしての問題提起に、周りが追い付いていけなかっただけ。二十歳そこそこの若者が「成功したはずなのに自分の人生なんだったんだろう」と絶望した姿に、非情にも後ろ指を指しただけだ。タトゥーショップ経営、始めましたけど何か? たとえばそんな悪態をついたとしても、何もおかしくない。
 
数々の苦難を糧に困難を乗り越え、いま多くの人の支えを得て支援しているのは、そんなバレエ界で生きていこうと奮闘する若者たち。「マスコミがいるから僕たちの存在をみんなに知ってもらえる。今は大切だと思っているよ」と、インスタグラムインタビューにも丁寧に応じてくれたポルーニン。かつて自分に敵意を向けたマスメディアに対する“大人な”対応の後ろには、バレエ業界の慣習を少しずつ変えていきたいという姿勢が見えた。
 
つぶれかけた21世紀のニジンスキーが、最後までつぶされずに復活したことは幸運。タトゥを彫ったことで彼を非難した人たちにも、今は感謝すべきなのかも。父と慕うゼレンスキはじめ、もうすぐ公開となる豪華スター共演『オリエント急行殺人事件』に抜擢したケネス・ブラナーなど、彼を愛する多くのサポーターたちが現代のディアギレフとなって彼を支えるきっかけを与えてくれたのだから。

Movie: Junji Hata/cyaan  Styling: Nobuko Saito  Hair&Makeup: Makoto/juice

  • 『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』

     
    <ヌレエフの再来>と謳われる類まれなる才能と、それを持て余しさまよう心――ー
    19歳で英ロイヤル・バレエ団の史上最年少プリンシパルとなるも、人気のピークで電撃退団。バレエ界きっての異端児の知られざる素顔に迫ったドキュメンタリー。

    ウクライナ出身で、19歳の時、史上最年少で英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとなったセルゲイ・ポルーニンは、その2年後、人気のピークで電撃退団。そのニュースは国内メディアのみならず、世界中に報道された。スターダムから自滅の淵へ――様々な噂が飛び交う中、彼が再び注目を集めたのは、グラミー賞にもノミネートされたホージアのヒット曲“Take Me To Church”のMVだった。写真家のデヴィッド・ラシャペルが監督し、ポルーニンが踊ったこのビデオはyoutubeで1,800万回以上再生され、ポルーニンを知らなかった人々をも熱狂の渦に巻き込んだ。
     
    <ヌレエフの再来>と謳われる類い稀なる才能と、それを持て余しさまよう心。本人や家族、関係者のインタビューから見えてくる彼の本当の姿とは…?

    監督:スティーヴン・カンター
    『Take me to church』演出・撮影:デヴィッド・ラシャペル
    出演:セルゲイ・ポルーニン、イーゴリ・ゼレンスキー、モニカ・メイソン他
    2017年7月15日(土)より、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

    http://www.uplink.co.jp/dancer/

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