特集 2017/8/25(金)
女性たちが支えたアメリカン・アートの歴史 Vol.4

1940~50年代、女性芸術家が闘った“夫”という壁

モダン~コンテンポラリーアートのなかで重要な様式や潮流を発信してきたアメリカン・アート。そこにはあらゆる方面で深く関わった女性たちがいた。今も変わらない男性優位の体制の中、アートシーンを力強く開拓していった女性たちにフォーカスを当てる連載4回目は、1940年代~50年代に活躍した抽象表現主義の女性アーティストたちをフィーチャー。

リー・クラズナー、1953年。

Photo: Getty Images

現代の働く女性と一緒! M字カーブを描いた50年代女性芸術家のキャリア
 
アメリカで誕生した初めてのメジャーな芸術様式、抽象表現主義。ジャクソン・ポロックやウィレム・デ・クーニングに代表されるアクション・ペインティング、マーク・ロスコに代表されるカラーフィールド・ペインティングの二派に大きく分かれ、1950年頃より、芸術のトレンド発信地はパリからニューヨークへとほぼ完全に移行した。
 
芸術家同士のカップルや芸術家とモデルorミューズ、そして師弟関係は、常に男性のアーティストを献身やファム・ファタール的な狂気、あるいは彼らの芸術を完成させる単なるひとつの要素(往々にして才能面で劣るような表現が取られる)として語られ、かつ受け入れられてきた。しかしこの時代の女性アーティストたちはそれを日々直面する現実として受け入れ、後に再評価されるという現象をリアルタイムで経験しているのが特徴だ。つまり今、日本が問題にしている女性のキャリアのM字カーブ(結婚・出産で就労率が下がる)のと同じようなキャリアの苦悩を既に50年代のNY女性芸術家は経験していたということ。

リー・クラズナー(左)とアトリエに佇むジャクソン・ポロック(中央)。1953年。

一度潰されたリー・クラズナーの芸術家人生
 
例えば、ジャクソン・ポロックの妻、リー・クラズナー。ウクライナのユダヤ人コミュニティーの彼女は差別と日露戦争を避けてアメリカに移民として渡ってきた。本名はレア・クラッスナー。それをユダヤ系や女性であることを感じさせないリー・クラズナーに変更した。
 
13歳で芸術家を志し、ニューヨークで当時唯一女子学生に芸術の専攻を許可している高校に進学。その後も芸術の高等教育を受け続けていたが、当時女性が職業として芸術を追及できるのは美術教師という職のみ。そのため、教員免許を得るために昼は工場や芸術モデルをしながら夜間教育に通った。実際にアーティストとして職を得たのはニューディール政策における雇用促進局の連邦美術計画くらい。この時、将来の夫、ジャクソン・ポロックも同計画のもとで働いている。ただし、その後第二次世界大戦が始まるとこの計画に採用されたアーティストたちは戦争プロパガンダ作品を制作することを余儀なくされた。その後もさまざまな手法に挑戦し続けるが、自身の作品の評価に対して終生非常に厳しい姿勢をとっており、初期の作品群などは彼女自らの手によって焼却処分され、ほとんど残っていない。1942年に開催された展覧会でジャクソン・ポロックの作品に魅了され、自身のコネクションを使って本人を探し出し、直に会いにいったことがきっかけでそのまま同棲、1945年にふたりは結婚している。

エド・ハリス(右)がポロックを演じ、監督も務めた伝記映画『ポロック2人だけのアトリエ』(2000)では、マーシャ・ゲイ・ハーデンがクラズナーを演じてアカデミー賞助演女優賞を受賞した。

Photo: Aflo

「ポロックはクラズナーのフランケンシュタイン」
 
その後、彼女は彼の作品のプロモートを積極的に行い、なおかつ彼女の豊富な芸術の知識で彼を支え、ほとんどの人の目はそれ以降夫であるジャクソン・ポロックの華々しい名声へとむけられ、リーは既に創作活動をやめたものと思われていた。実際には彼女は自身のスタイルを変えながらも、ずっと自身の作品を作り続けてきた。しかし、常に「女性であること」「有名なアーティストの妻であること」というレッテルがついてまわった。女性でもなく、また誰かの妻でもなく、ただひとりのアーティストとして評価されること。それが彼女にとっての最大の挑戦だった。だが、画商や周囲の画家は、ポロックにとって彼女がいかに大きな存在だったかを見抜いていた。「リー・ポロックなくしてジャクソン・ポロックはありえなかった」「(ポロックは)クラズナーの作品であり、フランケンシュタインだ」とも言われている。さらに彼女は後のフェミニズム・アートにも重要な影響を及ぼしている。

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Text: Ryoko Oh

  • オー・玲子(ライター・リサーチャー)/学習院大学哲学科美学美術史専攻卒。写真通信社、海外誌を中心にフォトリサーチャーとして勤務後、ライターとして活動。

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