エディターズPICK 2016/3/30(水)
早耳調査隊が行く!

美しく、セクシーであるとき、女性は最も弱い

キム・カーダシアンがまたしても全裸インスタを投稿したことで、「女性セレブたちがSNSでヌードになるのは是か非か」という論争が巻き起こったのは記憶に新しいところ。その最中キム擁護にまわり、自らもヌード画像を投稿したのがモデル、エミリー・ラタコウスキー。なぜ今、女優として羽ばたこうとしている時期にキム側についたのか。その背景には、“美しい”からこそ叩かれた幼い頃の経験があった……。

今年のオスカー授賞式で実際の性暴力の被害者たちと壇上に上がり、パフォーマンスを披露したレディー・ガガ本人もレイプ被害者。曲は「Till it Happens to You」、「あなたの身に実際に起こるまで、わからないの」と歌う。

しかし、女性だけがこういった「ドレスコード」に従い、自分の力だけで自分を守ろうとし、男性は自身の欲望をコントロールしない状態が続くことはいい加減おかしいのではないだろうか。そういった問いが最近始まっている。
 
「初めてのデートの時女性はどう準備するか」という、よくあるハウツー記事。例えばこんな風に紹介されているものがあった。

1)まず、ルームメイトに何時に何処にいくか伝える
2)途中で電話を入れてくれるように頼む
3)電話に出なかったり、言った時間に戻らなければ警察に電話してくれと頼む
4)もし行方不明になった場合に備えて、今日の服装を覚えて欲しいと頼む→ルームメイト、写真を撮る
5)何か変なことがあったらSNSかメッセージで報告するし、携帯にGPS機能ついてるから変な所に行ってるか、ある一定の場所に長時間いると思ったらメールするか警察に電話して欲しいと頼む
6)もしそのメールの返信が絵文字だけだったら警察に電話
7)バッグには念のため催涙スプレー、ナイフ、携帯、そしてもしものために替えの下着がイン(日本では催涙スプレーとナイフは持っているだけで違法)
 
これは上品に見せるためのテイップスとかいうレベルのものではない。人間として鉄壁の防備を敷くサバイバル・ハウツーだ。こんなものが堂々とメジャーなメディアに掲載されるくらい、女性にとっては初めての男性と密室で2人きりになるということは、生殺与奪の権利を奪われるということなのだ。でも、これと、よくある「そんなに短いスカートを履いていたら危ないからやめなさい」という説教との間に、何の差があるだろう。
 
逆に男性はどうか。何もしない。男性が初めて女性とデートにいく際のハウツーに「ずり落ちそうなローカットのデニムはやめなさい。襲われるかもしれないから」と、誰が説教するだろう。

こんな不均衡は、冷静に考えたら可笑しいほどオカシイ。
 

英『オブザーバー』紙には「男性たちよ、これが女性であるということの現実だ」という記事が掲載された。また、「ニューヨーク・タイムズ」では「どうして私たちは女の子に“可愛いことは危険なこと”と教えなければならないのか」という記事を掲載した。

そして、つい先ごろ行われた第88回アカデミー賞で、バイデン副大統領が性的暴行被害者たちとレディー・ガガのパフォーマンスの紹介時に「我々はこういった文化を無くさなければならない。どんな被害者たちであれ、サバイバー達であれ、性別を問わず、『何を私がしたからあんな目にあったのだろう』と自分たちに問わせてはならない。彼女ら彼らは『何もしていない』からだ。」と言う性的暴行被害を無くす運動を進める為の宣誓を行い、会場から拍手を浴びた。

『Cruise』撮影中のひとコマ。

アメリカでは107秒に1人、誰かが何らかの形での性的暴行を受けている。その数は年間で29万3千人にのぼる。これは、被害にあった人のうち69%が被害に遭ったことを申告していない上での数字である。逆に加害者のうち98%が一切の懲役刑を免れている。また、被害者のうち44%が18歳以下、80%が30歳以下であり、レイプ犯のうち47%が友人、もしくは知人である。(参照:https://rainn.org/statistics)

日本でも、痴漢の冤罪は多く叫ばれるが、男性に対しての“教育”と言えば、あるのは氾濫する雑多な情報に紛れ込んでいる「どうやったら会社にばれずに済むか」「どうやれば裁判で勝てるか」など男性にとって優位なものが多く、「痴漢行為そのもの」を撲滅、根絶するという発想の“教育”はこれまで全くといっていいほど行われていない。

現在でも精力的に活動している経済史学者のディアドラ・N・マクロフスキー女史は30年以上も異性装を続けた53歳のある日、「自分は女性になりたかったんだ」と気づき、周囲の人が驚くほど整形手術など迅速な「トランジション」に挑む。その一部始終を克明に描いた回想録『性転換 53歳で女性になった大学教授』では、その「トランジション」、つまり“本当の”女性として「パス」するか、実は男性であると「リード(読まれる)」されるかが、実際生死をかけた問題であるからだという事が何度も描かれている。男性トイレに入ればレイプされるか暴行されるかリンチされて死に至る。女性トイレに入れば通報されるか抵抗すれば警察官に射殺される。これがトランスジェンダーの女性を襲う暴力の世界だ。でもこの恐怖は、常に女性たちがトレイの外の世界で感じているものと同じ。
 
ミズ・マクロフスキー、いつもの女性の世界へようこそ。次の世界は私たち女性の肩にかかっている。あるいは美に。あるいはセクシュアリティに。

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Text : Ryoko Tsukada

  • from LENNY

    【ベイビー・ウーマン】  エミリー・ラタコウスキー

    成長するにつれ、私の父は私をよく「ベイビー・ウーマン」と呼ぶようになった。それが私の姿だった:私はその時12歳で、胸はDカップ。だけど、夜中に起きた時など、未だに母親に彼女の部屋で一緒に寝てもいいかとたずねるほどだった。

     『アラバマ物語』の父親、アティカスのような、私の人生で最も愛すべき2人によって緊密に営まれた過程で一人っ子で育ち、半分赤ちゃんで、半分成熟した女性という宙ぶらりんな時期においても、私は安全だった。突然の混乱は、この私たちの小さな、蔦に囲まれた南カリフォルニアの家を出た所から始まった。

    8年生の時のある日、他の教師たちやクラスメートがいる目の前で、副校長が私のブラのストラップを引っ張ったのだ。彼女はそれが私の着ていたタンクトップからはみ出していて、それが学校の服装規定に反するからとそうしたのだった。

    13歳の時、家族と親戚が私が出演した演劇を見に来た。私はその時、日に焼けていて、リップグロスをつけ、ボタンの並ぶ赤いリブ編みのトップをブラの上につけ、「フォーエバー21」で買ったモッズ・スタイルのジップアップミニスカートを着て、自分がとっても綺麗になったような気がしたことをよく覚えている。劇が終わった後に家族と親戚と一緒にディナーにでかけると、ひとりの親戚が私と母に泣きついた。彼女は私の事を心配していた。そのような格好をしていると、どのように男性たちから見られるか、私が着ているようなものを着ているならば、自分の身を守る必要があるのだ、と彼女は説明した。

    同じ年、両親がディナーパーティを開いた。私は一人っ子で、大人と同じ話題で家族と話すのはごく当たり前だったので、その日も同じように自由に話し、成熟したユーモアや話題にもついても普通に参加した。デザートの前にお手洗いに立つと、ある年長の家族の友人が私をちょっとその場から離し、「あなたはもっと大人しくしていた方がいい。あなたのような女の子は目立ってはいけない」と言った。その言葉が何を意味しようと、私はまだその時、彼は私を守ってあげたいからそう言ったのであって、しかもそのアドバイスは役に立つとまで信じていた。

    15歳になり、モデルになると、周囲の大人たちが一斉にそのような若い年でモデルを始めるなんてと心配し始めた。皆、気味の悪い中年オヤジが若い女性を利用したり、エージェントが体重を落とすようにプレッシャーをかけるものだというようなホラーばりの話を聞いていたからだ。実に驚くべきことだが、実際には私の思春期から若いころまで、世界と折り合いをつけるのが一番辛かったのはモデルをしている業界から一歩出た普通の世界だった。教師たち、友人、大人たち、ボーイフレンド - つまり、よくよく精査されたファッション業界で統制された人々たち以外の、ごく普通の人たちが一番よく、私の日々成長しつつある性的な部分に関して、嫌な思いをさせたり、罪深いことだと、自分のせいだと感じさせるのだ。当時はモデルはごくたまにやるだけだったけれど、モデル業界はすべからく高圧的で、性差別的だと決めつける一方で、自身の過ちすべてをよく忘れてしまう人たちがたくさんいる事を知るようになっていた。彼らの発言はより私個人に当てられて言われているように感じたし、その分、心のより深い所につきささるのだった。

    その時の私は未だにどうやったらタンポンを入れられるかわからなかったし、女性であることに関するより複雑な問題をどう理解するかについてもまったく気にしていなかった。そして他者とのあらゆるやりとり全てが、自分はこの世界に関して何かを見落としているのではないか、そういう事を常に私に感じさせていた。大人になった今でも、学校で私のローライズジーンズからトングがはみ出していないかとか、初心者時代のアイメイク修業時代を考えると、いつも不思議に思う。ワオ、誰が私にそんなものを身に着けさせようとしたのかしら、と。

    私はどこに住んでいても、着替えたり、毎朝のルーティーンの中でも、常に鏡で自分の裸を見てきた。私は毎日自分の人生にいくつもあるそれぞれの役割に応じて準備する。学生、モデル、女優、友人、ガールフレンド、娘、ビジネスウーマン。鏡の中の自分を見て、自分の目に見入る。私には間違ったメッセージを送ってはいけないといつも自分に思い出させる声が聞こえる。

    だが、その間違ったメッセージと言うのは正確にはどんなものなのだろうか? 性的であるということの含意はつまり安っぽいという意味で、なぜならセクシーであるということは男性の欲望の只中にある、という意味だからだ。私にとって、「セクシー」とはある種の美であり、自己表現であり、素晴らしい女性であることを示す喜ばしいものだ。どうして性、セックスというものがもつ含意が男性が女性から一方的に奪い、女性が与えるものでなくてはならないのだろう? 思春期の女性の多くが「セクシー」と称される女性たちとはどういったものかという事をポルノやフォトショップされた画像やセレブリティたちから学ぶ。私たちの文化において、私たちは若い女性たちに性的なアピールを持つ女性の例として、そういったものしか与えられないのだろうか? いったいどこで、若い女の子たちは、セクシーな気分になれるか自分で決める事ができる力を身に付けた女性を見る事ができるのだろうか。社会的な眼差しによって性的な存在とされ、品位を落とされてたとしても、どこかに女性たちが自分の意思でセクシーでいられる場所があるべきなのだ。

    ジョン・アップダイクの短編、『A & P』では、あるリゾート地で若い女の子がビキニ姿で食料品店に入ると、ストアマネージャーから店から出るように言われる描写がある。彼女は新しい水着を着て、夏の日にうきうきして店に入り、挙句その気分を全て台無しにされ、自分でも理解しかねる罪の意識にまみれて店を出るのだ。女性たちは職場でも、自分のセクシュアリティが誰かの気分を害したり、あるいは意図せずして誰かを興奮させたり、嫉妬を生み出したりするのではないかと悩んでいると思う。自分の娘に今回は彼女のせいではないけれども、次からはもうちょっと肌の露出を控えるようにと説明しようとする母親たちのことを考える。

    私はこのような恥と沈黙の謝罪に満ちた世界に住むことは断固拒否する。他者からの認識や物の見方によって、自分の人生について指図されるべきではない。そして、私はいつか世界が私のセクシュアリティに関する人々の反応は彼らの問題であって、決して私の問題ではないと明確化してくれたらと願っている。

    私は自分で描いたヌードのデッサンを大学の男性教授に提出したところ、「なぜこんな立つことも困難なほど細いウエストの女性を描くのです?」と言われたことがある。UCLAでの美術のクラスでの最終学期でのことだった。自分の課題について彼に説明をするのは大変だった。私はそのデッサンで女性のウエスト、もも、膝、お尻、そういった部分の美しさを称えるつもりで描いのであって、女性の体を極端に性的なものとして描いたのではなく、強さを秘めた美しさを表現するために描いたのだ。彼は頭を振り、結果、私の挑戦は失敗し、彼も私のコンセプトを完全に聞きそこなうことになった。彼は私に、私は美のステレオタイプに惑わされているか、あるいはそれに対して圧迫感を感じているかのどちらかだと言った。私はアーティスト、モデル、そしてただシンプルに女性であること、そのどれにでもなれるどこかを見つけようともがいている。私自身が完全に所有でき、自分のジェンダーを楽しめる場所を。女性という私たちのセクシュアリティを褒めたたえることは本当に面倒で、やっかい極まりない仕事だ。けれど、もし私たちがそれに取り掛からなければ、私たちはどうなってしまうのだろう。

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