音楽と官能。私たちの生活に欠かせないこのふたつを、音楽に精通するエッセイストでありディレクターの湯山玲子さんが大胆に、かつ深く語りつくす新連載「エロスと音楽」がスタート! 初回は、ソウルミュージックが官能に効く理由を分析。デートシーズンに使えるセクシーな気分を盛り上げるソウルミュージックのおすすめナンバーも紹介します!
前戯はソウルバラードに合わせ踊るダンス自体
そもそも、ムード作りに「ソウルバラード」というのは、車の有る無しにかわわらず、よく知られた恋愛の王道テクなのだが、これらの曲には、もっと直接的かつ機能的な使われ方があったのだと気づかされたのは、とある女性の告白を聞いたときのこと。彼女は、今でこそ落ち着いて家庭生活を営んでいるが、若い頃は、何人もの黒人男性とお付き合いをしたことがある、山田詠美が小説『ベッドタイム・アイズ』で描いて有名になった、通称「ぶら下がり族」のひとりだったのである。
彼女の衝撃的な発言は「彼らの前戯はベッドでの中で行うのではなく、ソウルバラードに合わせ、身体を密着させて踊るそのダンス自身がもうすでに前戯なんですよ」というもの。シャワーを浴びて、準備を整えたら、ベッドに入って即本番というケースがほとんどらしい。 コレ、あくまで彼女の個人的な経験値からの発言だとしても、何せ彼女、数こなしたうえでの発言なので、言葉に重みがある。
そんなんじゃ、いったい前戯はどこに行ったのか? という話だが、要するにそういう愛撫の代替としての密着ダンス。お互いの身体の感触と熱を堪能し、耳を覆う甘くささやくようなソウルミュージックの合わせ技こそが、官能を充分に燃え上がらせる、ということなんですな。お互いが身体の変化を体感するがごとくのダンスと音楽が、男と女ふたりの脳と身体の性感帯を刺激して「アナタが欲しい」というボルテージを急激に上げる、という意味では、たしかに前戯と呼ぶべきものだろう。
セックスは本能に見えて、そのアティチュードは大いに固有の文化に左右される。我々日本人としては音楽によるムード作りは理解できるが、それはあくまで演出効果のひとつと考え、よもやそれが前戯の重要な一要素とまでは考えが及ばない。
ボーカルのシルキーな歌声、心臓の鼓動と同じ速さのリラックスできるビート、むせび泣くようなテナーサックス、心の震えのようなストリングスのグリッサンドなど、ソウルミュージックのバラードは、それこそ数限りなくある音楽の表現効果のなかから、甘美でセンシュアルなものばかりを選りすぐった最強先鋭部隊のような趣があるが、あれだけソウルを聴いていながら、やっとその真の意味に到達できたのは、申し訳ないが彼女の証言のおかげなのだ。
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湯山玲子(ゆやま・れいこ)/著述家。ディレクター。日本大学藝術学部文藝学科非常勤講師。学習院大学卒。サブカルチャーからフェミニズムまで横断したコラムで人気。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(ワニブックス)などがある。